AKB48(の曲)とは、平成の万葉集のことである。

タイトルのパロディ元ネタがわかったあなたはアイドルおたく。

というわけでAKB総選挙の季節です。私はAKB48グループのアイドルたちをこよなく愛していますが、それと同じくらい、AKB48の曲も好きです。ていうかAKB48グループの歌詞おたくと言っても過言ではない。

今日も楽しくAKBの歌詞解釈しつつ(頭の体操にいいし暇な時にたいへんおすすめ)、秋元康の手のひらで踊るなかで、気付いたことがあります。

 

AKBの歌詞、まじ萬葉集

 

いや、私が大学で萬葉集を研究してるとかそういう理由からむりやりくっつけんなよと言われそうですが。でもほんとなんだもん、まじ萬葉集なんだもん……! 萬葉集ってのはあれね、奈良時代の歌集ね。日本最古の歌集ですよ。

総選挙前! ということで私のAKB歌詞研究の成果をご報告したいと思います。

 

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「11月のアンクレット」のジャケット写真。わりと狂気を感じて好き。

 

 

AKBグループの楽曲とは、現代における萬葉集である。

本稿が主張するのはこの一点のみである。上述の主張を作業仮説として置きつつ、本稿においてはAKB48を中心とするアイドルグループの楽曲の歌詞を調査するとともに、奈良時代の歌集である『萬葉集』の歌やその内容、分類範囲との比較をおこなう。

ここで注記しておくが、本稿におけるAKB楽曲とは、AKB48SKE48NMB48HKT48・NGT48・STU48という、所謂「国内48グループ」が歌う楽曲のことを指す。便宜上、本稿では上述の「国内48グループ」のことをAKBグループと呼ぶことをご了承頂きたい。尚、TPE48等の国外グル―プ、乃木坂46等の「46グループ」のことはその範囲の対象外とする。

 

0.はじめに―萬葉集における「比喩」の存在

萬葉集とは奈良時代に編纂された、4516首の歌を収めた歌集である。

一方、AKB楽曲とは国内AKBグループによる、合計1110曲の楽曲のことを指す。
グループごとの配分としては、AKB48が595曲、SKE48218曲、NMB48が180曲、HKT48が78曲、NGT48が22曲、STU48が17曲*1となっている。(※2018年6月14日現在。Uta-ten歌詞リスト調べ。URL:歌詞検索サービス 歌ネット

ここで着目したいのが、萬葉集の中で「譬喩歌」という部立が存在することである。そもそも萬葉集においては、「雑歌」「相聞」「挽歌」といった内容による分類も存在するが、一方で「寄物陳思」「正述陳思」「譬喩歌」といった表現方法による分類も掲載されている。

その中でも萬葉集の「譬喩歌」には基本的に「比喩」つまりメタファーを使用した歌が収録されていることが知られている。

譬喩という用語は『毛詩』大序の六義説の「風化風刺、皆謂譬喩不斥言也」という言葉が記載されていることによるのではないかと述べられているが、*2実際に当時の人々がどの範囲において譬喩歌の分類に有効性を見出していたのかは疑問視されており、更に「寄物陳思」「譬喩歌」の部立以外にも所謂メタファーの手法を使用した歌は収載されているため、その分類方法にはいまだ疑問の余地が残る。そのため、譬喩歌に分類されてなくとも「比喩」を用いた歌をここでは参照することにする。

 

1.「隠れた恋心」と『11月のアンクレット』

萬葉集歌の例として、

夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ(巻8・1500)

を参照したい。

上の歌は「夏の野の茂みに(ひっそりと)咲いている姫百合のように、人に知られない恋は苦しいものですね」と訳される。これは「茂みの中で隠れるようにぽつんと咲く小さな姫百合」と、 「だれにも知られない中でひそかに抱いている恋心」を重ね合わせている。つまり、「自分の隠した恋心」を「茂みの中の(見えづらいがたしかに咲いている)花」に喩えて表現しているのである。

 

この手法が、AKB楽曲にもしばしば用いられる。

AKB48の『11月のアンクレット』(2017年、歌詞URL:11月のアンクレット - AKB48 - 歌詞 : 歌ネット)を参照したい。

参考動画

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タイトルでもある「11月のアンクレット」とは何を指すのか? という謎がこの歌詞を誘引している。*3

突然 久しぶりに会いたいなんてどうしたんだ?

意外に混んでるビーチハウス
季節外れの待ち合わせ
僕たちが好きだったパンケーキが来ない

左手を立てて薬指をわざと見せたのは
新しい彼氏ができたってこと
言いたかったのか?

 砂浜にある「ビーチハウス」に来た僕と君だが、「君に新しい彼氏ができた」ことが分かる。「久しぶり」「僕たちが好きだったパンケーキ(過去形)」と言っているため、二人は昔付き合っていたのだろう。

11月のアンクレット
今でも外せない
君にもらったあの日の2人のシークレット

あの夏のアンクレット
今すぐに外そうか
波打ち際を走った素足に揺れていた
I LOVE YOU!
足首の思い出

11月の「アンクレット(足首につけるアクセサリー)」は、長ズボンであると外から見えない。それゆえに「秘密=シークレット」であることが分かる。

しかし「君にもらった」アンクレットは、足首につけるものなので季節外れである(11月は長ズボンであるためアクセサリーとしては見えない)。が、僕は今もアンクレットを外さない。

一方、「揺れていた」「足首の思い出」と述べていることから、君はアンクレットを外している。

さらに、曲の終盤でこう述べられる。

アンクレット
アンクレット
左の足首に
リグレット

つまり、アンクレットとは、僕が今も外せない「後悔=リグレット」でもある。

そう、ここまで執拗に繰り返していたアンクレットは、シークレット(秘密)とリグレット(後悔)の比喩なのである。

君からお揃いでもらった、季節外れだけどいまだにつけている秘密のアンクレット。それは、新しい彼氏ができたよって報告されたけれどいまだに好きな君への想いのメタファーなのである。足首の思い出は、未だに外せない。そんな未練を歌ったのが『11月のアンクレット』だ。

 

そして、このようにアンクレット・シークレット・リグレットと韻を踏んで重ねられるのは、まさしく萬葉集において序詞が掛詞で用いられる手法である。

多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき(巻14・3373)

訳は「多摩川さらしている手作りの布のように、更に更に(ますます)なんでこの子は特別に可愛いのだろうか」という有名な歌だが、「さらさら」が「さらに」と「布の触感」を掛けているのである。『11月のアンクレット』で用いられている(レット、でどれも比喩を掛ける、韻を踏んでいる)方法と同じなのだ。

しかし君の足首で揺れる「アンクレット」が秘密と後悔のメタファーって。すごくないですかこれ。天才だと思うんだわ。

 

2.柿本人麻呂と『僕らのユリイカ

秋山の黄葉を茂み迷いぬる妹を求めん山道知らずも(巻2・208)

柿本人麻呂による挽歌である208番歌は、人麻呂が妻の死を経験したうえで詠まれた唄である。「秋の山では紅葉が茂っているので、山に迷い込んだあなたを探していくのに、道がわからない」という訳があてられる。


当該歌において「(山に葬られた)妻の死」を経験した自分の心情が詠われている。

死んだ妻は「山に迷って入りこんでしまった妻」と比喩的に表現される。さらに、そんな山で迷う妻(=妹)を探して山に入ろうとするのに、あんまりにも目の前を紅葉の葉がたくさんあるので、道が見えない、わからない……と、紅葉の秋山をさまよっている様が描かれる。

つまり、「山道がわからない」というのは「(妻を亡くして)自分がどうしたらいいかわからない」悲しみの比喩になっているのである。

切なくてかなしくて傑作だと思うこの歌……。

 

このように、萬葉集にはしばしば「実景」を「比喩」として用いる例がある。

これと同じ手法を、NMB48の『僕らのユリイカ』(2014年、歌詞URL:僕らのユリイカ - NMB48 - 歌詞 : 歌ネット)は用いている。

参考動画

www.youtube.com

僕らのユリイカ』の歌詞を検証すると、まず

湾の内側の海は色を変え生きる 
なぜ 恋人たちはここまで来るのだろう? 
愛を囁くには波音が必要?

 という歌詞 で、「一緒に海を見ること=恋愛関係」という前提を示している。そのうえで、

家まで帰る道筋 
わざと山側を選んで来た 
そういう目で君を見ない

という歌詞で「今、君と僕は海を見に行く関係性ではない」ことを示唆する。ここで着目したいのが「わざと」という語彙であり、ここから「本当の気持ち=君を好きだと思う気持ちに僕は気づきたくない、あるいは恋心を抱く間柄であることを打ち消そうとしている」ことが分かる。更に二番の歌詞では以下のように述べる。

多くの事実は
底に隠れている
ただの友達の境 潮の流れ次第

なぜ 大人になると正直になれないの?
愛の告白には砂浜が最適? 

ここで「事実」は「底」に隠れていることが分かる。「底」というのは「海の底」であり、この「事実」とは「大人になると正直になれないの?」と述べられているように「正直になれないが、君のことが好きだという本当の気持ち」のことだろう。するとここから「海の底に隠すように本当の気持ちを隠す」ってメタファーが成立していることが分かる。そのうえで、

2台のバイクが並んで
国道からの脇道
海に行こうって言い出したのは
どっちが先だってよかった僕らのユリイカ
思わず叫んだ
まさか同(おんな)じ気持ちを
持ち始めたこと
「わかった これだ!」とピンと来たその時
ギリシャの言葉 思い出したんだ

バイクで並んだふたりは「海を見に行こう」と、どちらともなく言っている。つまり二人はどちらともなく、恋愛感情を抱く場所に誘う。そのうえで海辺に行き、二人が発見(ユリイカ)したもの、つまり「僕らのユリイカ」とは、「おんなじ気持ち」であった。

ここから、この曲が「海で君を見たことで(海底に隠されてた)僕たちの本当の気持ちを発見した」というストーリーであったことが分かる。

しかし秋元康はこのストーリーを曲の冒頭で提示し、伏線としていた。

いつもの”青”より
もっと深い”青”だ
湾の内側の海は色を変え生きる

「いつもの青よりもっと深い青」とは、「二人の関係性が変わる予兆」を示していたのである。


しかし「海底に隠された気持ち」を歌う歌詞で「もっと深い青」って歌詞……すごいなぁと思う。天才かよ。

 

柿本人麻呂が「死」という言葉を使わずに死への悼みを表現したように、『僕らのユリイカ』は「恋」という言葉を使わず恋心を表現している。しかも、実景を心情の比喩として用いる。まったく同じような手法が1200年の時をかけて用いられるのである。

 

 

3.なぜAKBの歌詞と萬葉集は同じ「メタファー」という方法を用いるのか?

見てきたように、AKBの楽曲においては、様々な「メタファー」と「その曲を歌うアイドル(のキャラクター)への当て書き」が上手く用いられる。

例を挙げると、総選挙で結婚宣言してしまうほど危なっかしい須藤凜々花ちゃんのソロ曲として『ショートカットの夏』がある。(歌詞: ショートカットの夏 - 須藤凜々花(NMB48) - 歌詞 : 歌ネット)「僕たちの愛の証であるフリスビーを取ろうとして、泳げないのに海へと入ってしまった(けどそんな危なっかしい君が好きだよ!)」*4という歌詞が用いられる。

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また、若手エースが歌う『法定速度と優越感』(歌詞:法定速度と優越感 - U-17選抜(AKB48) - 歌詞 : 歌ネット)では、現在のメンバーが増え過ぎたAKBグループを「渋滞」と表現し、そのうえで先輩を出し抜いてエースとして曲を歌う彼女たちを、「偶然、人気者とデートをすることになった」という比喩で表現する。

どんなに嫉妬をされたって
関係ないじゃない?
あちこち聴こえるクラクション
負け犬たちの遠吠えでしょう
そもそも恋とはサバイバル
脱落したらそれまでよ
ゲームオーバー

 この歌詞を若きエースに歌わせる秋元康まじで悪趣味。

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一方、これまで述べて来たように、萬葉集においては比喩が何度も有効的に用いられる。

なぜ、私たちは1200年経った今も、同じことを繰り返しているのか?

なぜ、歌や詩において、同じように、メタファーが用いられるのか?

 

このような問いに答えるには、「恋心」の表現し難さ、というものに言及しなくてはならない。

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子、東洋経済新報社、2018年)という文献の中では、「誰かが誰かを好き」という言葉をAIに伝えるのは非常に難しい、という主張が述べられている。つまり、「好き」というのはいかなる状態なのか「好き」という言葉のみで表現し、伝えることが困難ということである。たしかに、「好き」という状態ほど定義し難い言葉はない。

秋元康が綴るAKB楽曲の歌詞は、その多くが「僕が君を好きだ」つまりは「ファン(僕)がアイドル(君)を好きだ」という状態を表現する。

例えば渡辺麻友の卒業ソングである『11月のアンクレット』は、彼女がアイドルを卒業してしまうことを「(ファンたちの)失恋」と表現した歌なのである。

ならば、「恋」や「失恋」がいかなる状態なのか? を表現するには、「もう君と来れなくなってしまう砂浜(例:Only today AKB48 Only today 歌詞 - 歌ネット)」であったり、「潮風がひたすら僕に吹きつける、君への恋心が止まらない砂浜(例:ごめんね、SUMMER ごめんね、SUMMER - SKE48 - 歌詞 : 歌ネット)」であったりといった「比喩」を用いるしかない。

 

言葉にできない恋心を、ほかのものに重ね合わせて表現すること。それこそがメタファーが用いられる理由であり、言い換えるとポエジー(詩情)というものなのだろう。

 

萬葉集の時代から、ポエジーの在処は変わらない。だからこそ1200年後も同じような歌がうたわれるのである。

 

 

それにしても秋元康、砂浜好きすぎ問題。

 

 

 

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ジャケットの中ではこれがすごい好きですね。



はあ、楽しかった。しかし読むのはつかれませんでしたかね。すみませんね。ギャグで書き始めたつもりがけっこう本気で書いてしまった。たのしかった……!

 

それにしても、AKBの歌詞はキモい。秋元康の顔を浮かべるとさらに「KIMOI」のではないかと怯えてしまう。だってちょっと、ねえ、何が砂浜なのか。何が甘噛みなのか!?

しかし、である。本当は、キモいのは作詞家である秋元康ではなく、彼女たちに恋する私たちファンなのである。

というのも、秋元康は基本的に作詞家としてはまじで天才だけれども、同時に大衆の欲望コピー機だと私は思っている。

ああ、キモいのは彼女たちに恋する私たち……。

でもしょうがない。恋とはそもそもキモいものである。

 

好きという感情は、本質的にきもちわるい。だからこそ、砂浜や姫百合なんていうポエジーで、美しくするのだ。

1200年前からそうなのだ。変わってないのだ。

 

 

はい、というわけでここまで読んでくださった奇特なみなさん、総選挙の投票締め切りは明日ですよ!!!

清き一票を、現在の私の推しメン鎌田菜月ちゃん(SKE48)と渋谷凪咲ちゃん(NMB48)に投票してね~~~♡♡(これが言いたかっただけであった)

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鎌田菜月ちゃん。将棋が得意な賢いガールです。覚えて。

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渋谷凪咲ちゃん。「いってらっしゃいなぎちゃん」に癒されるのでみんな見て。覚えて。

 

*1:STU48は楽曲「STU48」を「愛媛ver」「岡山ver」等に分けており、実質的には10曲と言ってよいだろう

*2: 井手至「巻三譬喩歌の表現」『万葉集を学ぶ』第 3 集、有斐閣、1978 年 3 月

*3:歌詞に付した下線はすべて筆者に拠る。

*4:結婚宣言を予言してたのかよ秋元康……。