立て看板のないきれいな大学になれてしまった

世間をお騒がせしながら(したのか?)大学から立て看板が撤去された。

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そして現在、ぶっちゃけ、大学の周りがきれいになった。*1

 

正直な話、私は立て看板を立てたことも撤去したこともなく、特別な思い入れがあるかないかと言われればまぁないほうである。というか立て看板、撤去されるまでその存在を自明のものとして受け取っていたので、「そうか、そんなにじゃまなもんだったんか……」と改めて大学という場所をめぐる政治性に思いを馳せる、くらいの行動しかとっていない。

(というわけでここでも立て看板撤去問題についてあーだこーだ論じることはない。そういう話を期待している方は回れ右でお願い致します)

しかし今日になって気がついたことがある。

 

あ、わたし、立て看板のない大学、ふつうに、慣れてるわ。

 

 

サークルの宣伝や大学でのイベントから政治的なメッセージに至るまで、様々な主義主張を載せていた大学の立て看板。

基本的に春の新歓時期には、キャンパスを囲むようにところせましと並んでいる。春が過ぎても、そこに雑草が生えているのと同じような割合で、「ふつうに道にあるもの」として立て看板はあった。

他大学の友達が遊びに来たとき、大学への批判を書いた立て看板を見て「え、こんなんあるのこわい」と笑っていた時にはじめて、「そうか、これはうちの大学特有のものなのか、まぁそらそうか」と認識した思い出がある。

だから、「立て看板撤去」と聞いた時、「へー、なんか風情がないなー」くらいしか思わなかった。

 

しかし今になって思い出すことがある。

高校生の時、母と一緒にはじめて京大に来た。その際、母が言った。

「なんか京大ってもっとビラとか散らばってて、めちゃくちゃ汚いイメージあったけど、きれいになったねぇ」

たしかにはじめて訪れた大学のキャンパスに、汚いイメージはなかった。

 

今思い返すと、きっとその汚いビラや看板は、時代とともに減っていった――というよりも、減らされていったんだろうな、と、思う。

 

 

清潔さは統制の中にある。街や場所がきれいになればなるほど、いろんな規則は増えるし自由は減ってゆく。

私はそれがいいことなのかわるいことなのか分からなくて、たまに、混乱する。

きれいなものうつくしいもの清潔なものがみんな好きで、私もまぁ好きで、それでいいんだけど、ならばそこからはみでるなにかはどこへ行くのか、と思う。

「きれいなもの」に慣れると、「きれいじゃないもの」をゆるせなくなる。

「立て看板くらいあってもいーじゃないか」と笑う人がいて、正直私もそう思うのだけど(だってあの立て看板を見て「大学を倒そう! 社会を倒そう!」と思った人が何人いたのだろう?)、けど、立て看板くらいも、ゆるせないんだろう。もはや。

所詮立て看板だのなんだの京大生というエリートの遊びだろと思うのだが、それすらゆるされなくなってくのだな、という緩慢とした諦念をいだく。

だってきれいじゃないから。

 

きれいじゃないものは見ないでいいよ、と言われることに慣れていく。

不安は自由の眩暈だと言った人がいたけれど*2、誰かが不安をゆるせないから、自由はなくなってゆく。

不安はぐらぐらしていて、不安定で、秩序がなくて、きたなくて、どろどろしてて、何が飛び出すかわからない。

 

いいことなんかわるいことなんか分からんけど、そうやって私たちは統制されることに慣れてゆくし、まぁ、こうやってなにかに飼い慣らされてゆくのだなぁ、と、ぼんやりと食堂の海藻サラダを食べながら思う午後なのであった。

しかし今日は天気がいいな。

 

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*1:とくに正門あたりは「撤去通告書」しか貼られてなくて、京都市の自転車撤去後と同じ様相を呈している。

*2:キルケゴール先生です。まじ名言だよな

二十歳の春、スピッツのおかげで「怒れる」ひとになった

怒ることが苦手だった。

……というと変に思われるかもしれないが、私はだれかに「怒る」ことが下手だった。

こう言うと、組織における後輩指導、みたいな話を連想されるかもしれない。バイトや部活で後輩を怒らなければいけない場面。けれどそれは「怒るべき場面」がそこにあり、その場面の役割に沿って怒ればよいので、苦手とか言うべき話ではない。それはそれ。

しかし問題はプライベートだ。

他人に対して嫌なことがあった時、腹を立てるよりも悲しくなった。「なんでそんなこと言うんだろう……」と落ち込む。あるいは泣く。あるいは黙る。どうしたらこんな状況にならずに済んだのかなぁ、と考える。

日々をふつうに過ごしているだけでも、他人との不和は避けられない。理解は遠い。基本的に生きることは摩擦を生む。

しかしいちいち腹を立てては、エネルギーが消費されるだけである。明るく楽しくいたい。自分の機嫌は自分でとりたい。他人にイラッとすることがあっても、「こういう人なんだな、近づかないでおこう」と思うか「この人とはこういう話題をしないようにしよう」と思うか、とりあえず自分からささやかな距離をとるのが処世術である。

なるべくご機嫌よくいるという優先事項に比べたら、怒りなんて基本的にどうでもいいことだ。

と、思っていたのだ。

十代の私は。

 

しかし転機は訪れる。

二十歳の春だったように思う。

ある友人が「バイト前に充電器を借りたいから」といって家へやって来たことがある。

彼はバイトの同僚で、割と仲の良いやつだった。ちなみに顔はむかしおばあちゃん家で飼ってた犬に似ている。EXILEの岩田剛典くんをちょっと庶民的にした感じ。

ここで一応彼の紹介をしておくと、基本的に他人との距離が近いやつである。そもそも女友達の家へいきなり「充電させて」と言って来るくらいなもんで、一緒にいると「いやいや仲良くはしてるが、そこまで仲良かったっけ私たち!?」と心の中で憮然とツッこむことが多かった。「普通他人にはもっと気を遣うもんだろ!?」と言いたくなる場面が多々ある。

しかしそういう傍若無人な振る舞いを許してしまう何かがあるやつなのである。こわ。人懐っこい野良犬なんだけどこっちが餌をあげてると懐かれすぎていやでも私きみのこと飼う気はないんだけどと困惑、けど憎めない、みたいなタイプ。要は人たらしっぽい感じ。

そんな彼となぜ私が仲良くなったかと言ったら、ひとえに本と映画の話をするのが楽しかったからである。暇な一・二回生の時、よくマックでだらだらと喋って時間を潰した。彼は理系で私は文系だったからか、本の感想を喋っても「わかる!!!」と叫ぶ割合と「なぜそう思うの……」と怪訝な顔をする割合が半々くらい。でもその意見の相違を喋ることをむしろ楽しんだ。

あえて言うなら、音楽の趣味はことごとく合わなかった。が、私も音楽に対してディープな感想を持つほど知識がないので、そこはスルー。とにかく読んだ本とか見た映画の話をすることが多かった。

 

そんな友人が、私の家へ来て、充電している間いつものように喋っていた。何の話をしていたかもう覚えていないが、いつものようにたわいもない話をした。

すると彼が、ふと、家の棚に目を向けた。

「へえ」と彼は言った。

その視線の先には、私の大好きでこよなく愛するーースピッツのCDが並べられていた。

スピッツ好きなんだ」

うんまぁね、と私は頷いた。あれ、スピッツとか興味もつんだな、もしかしてスピッツ聞くのかな、と私は淡い想像を抱いて「そっちはスピッツ好きだっけ?」と訊ねた。

彼は、ふはっと笑って、言った。

 

「いや~スピッツとか聞いたこともないし、あんまり聞く気になるタイプの音楽やないんよな~~いかにもサブカル系って感じやんか~~はは」

 

言っておくが、いつもならここで会話は終わる。

彼とは音楽の話が合わないのは知っていた。だからこの話はしない。以上、オッケー、処世術完了。「は? ふざけんなよ私の愛するスピッツをそんなふうに」と心の中で思って、「こいつとはスピッツの話をしない」という厳格なルールを頭の中に貼り付けて、付箋を幾重にも貼って、終える。「はいはい」と肩を竦めて、その場をやり過ごす。

別にこいつのことが嫌いなわけではないのだ。たまにイラッとすることもあるが、きわめて仲の良い友人なのだ。さすがの私もスピッツをそんなふうに言われただけで友情に亀裂を入れるような発言をすることは――――

 

あってしまったんだよなぁ。なぜか。

 

「はい? ふざけんなよ」

気がついたら自分の口から声が出ていた。

わりと誰の声だろうこれ、という気持ちになりつつ、口から言葉はするする出てきた。まるでマジックで帽子からするすると飛び出してくる世界国旗のようだった。こんなふうに怒りを誰かにそのままぶつけたのは、ほぼ初めてで、自分でも驚いた。

しかし怒りの言葉は止まらない。

「まずちゃんと曲を聞いても、ない、のに、スピッツをバカにできるくらい、いつ、きみ、は、えらくなったっつーのか!?!?」

ああもうこんな言葉遣いを他人様にしたことがバレたら、田舎にいるおばーちゃんとおかーさまが泣くっちゅーに。たかだか音楽の話なんだから、スルーすればいいっちゅーに。

「だいたいスピッツを好きになれなんて言わないけど、分かろうともしてないものを否定すんのはアホじゃないの!?!? ねえ!?!?」

私は怒った。

だってまじで聞いてもないのにスピッツをばかにできるほどえらいやつじゃないのだ、まじで。まじで。てめえと草野マサムネさまのどっちがえらいと思ってるんだ!?(ああもう思い出しても怒りがこみ上げてくる……ほんとうに……まずこの地球上に草野マサムネさまのことをサブカル系とか言っていい人間なんて存在しないしそもそもスピッツサブカル系とかいう区分が間違っているのではと若干思う……)

 

すると彼は、きょとんとした顔で私を見ていた。私は自分の怒りが通じてないのかと思って、更に腹を立てた。

「私が言ってること、聞いてる!? わかる!?」と私がもう一段階大きな声で彼に詰め寄ると、彼は、「なあ」と呟いた。

彼はきょとんとした顔のまま、言った。

 

 

「今発見したんやけど、きみ、怒った顔がいちばんかわいいね」

 

 

……………。

 

「はい?」以外なにものの感想も出てこなかった。

正直、自分の怒りが通じてなかったのか、っていうかどういう意図でこの発言をしているのか、どういう反応を返すのが正解なのか、まったく分からなかった。だから一瞬言葉に詰まった。すると「いやマジで!」と今度は彼がまくしたて始めた。

「きみいつもにこにこしてるイメージあるし別にそれはそれでいいんやけど、でも怒った顔がいちばんかわいいし、もっと普段怒ったらいいと思うで!」

待て、スピッツは何なんだ、つーか私の渾身の怒りはどこへ向かわせばいいんだ。

「感情を、がーって出したほうが、かわいいで!」

いや待て待て。だからスピッツは。

「あ、スピッツの件はマジでごめん。きみの言う通りやな。たしかに分かろうとしてないのに否定すんのはあかん」

やから、と彼は続けた。 

スピッツ、俺に布教してや。まずはCD貸して、どこがいいか教えて」

お、そろそろ充電できた、と彼はスマホを持った。「そろそろバイト行くわ」と彼は立ち上がる。

そして、「ねえおすすめのCDどれ~?」と、いつものあっけらかんとした声を出して笑った。

 

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結局ハチミツを貸したような思い出が。

 

正直、これが転機だったなんてちょっと認めたくない。というか、そもそも彼氏でもない男からかわいいと言われたところで「だからなんなんだ……」と思うしかない。残念ながら彼は草野マサムネではない。だけどなんとなく、それ以降彼が私を怒らせて喜ぶみたいな小学生的コミュニケーションが成り立つようになり、なんとそこで慣れてしまったがゆえに、私も他人に対して軽率に怒れるようになってしまった。まんまと友人の手中に嵌められた感じがして腹立つが、しかしこれは割と私の人生にとってプラスの出来事だったように思う。

他人に怒るようになったことがプラスだなんて、変だと思われるかもしれない。

しかしのちに気づいたことなのだが、自分の感情というものは、こまめに、軽いうちに、だれかに伝えていたほうが、案外ぶあつい軋轢になりにくい。二十年生きていたけれど、それまで私はこの事実を知らなかった。

「嫌なことは嫌だと言う」ことが大切ではあるが、「嫌なことは気軽に、早めに嫌だと言っておく」ことはもっと大切である。と私は思う。そもそも、少し「これは自分的によろしくないと思う」と言った程度で壊れる人間関係ならばどっちみち我慢ができなくなっただろうし、腹を立てるという行為も気軽にやっておいたほうが、相手にも自分にもメリットは大きい。

そしてそれは二十代も半分に差し掛かった今、プライベートだけじゃなくて、社会で「働く」時も、同じだと思っている。

病気も早めに診断して対処しておいたほうがいいのと一緒で、仕事における人間関係の軋轢も、早めに軽いうちになんとかしておくほうが、我慢が少なくて済む。もちろん自分から距離をとったり怒らないで済む方法を探すのが大人だとは思うし、職場での人間関係で我慢するしかないという場面もあるが、それでも世の中では「怒る」ことが存外に有効であることが多い。

実は、ちゃんと怒ったほうが、舐められない。特に、女性は(もちろん男の人もだろうけど)。

悲しむよりも怒ることは、「戦う」ことにどこか似ていて、自分が正しいはずだという自信もいるし、相手の悲しむ顔を見る可能性もある。怒っていると、むしろ自分が加害者なのか? と思ってしまうこともある。

だけど、感情を相手に伝えること、そのうえで「あなたとちゃんと関係を続けていきたいからこそ、そしてこれは私にとってどうでよくないことだからこそ、今ここで怒っているのである」と言うことは、決して無駄ではない、と今の私は思う。

 

少しの機嫌のよさと、平和な日常を手放すことにはなるけれど。

それでもきちんと誠心誠意「怒って」、どうでもよくないことを手放さないことは、大切なんじゃないかなぁ。

 

 あの日スピッツをバカにした友人と喋ったことがきっかけで、私はそう思うようになった。若干不本意ながら、ですけれど。

 

ちなみにこの話には後日談があって、彼は、まんまと私の布教によってスピッツにハマった(アホかよほんとに)(まぁひとえに私の懇切丁寧なプレゼンの成果である)。そしてそのずっと後、私は「自分の好きな本を布教するブログ記事」を書くようになった。そしてその記事は書籍化することになり、今も私はだれかに好きな本を布教し続けている。

ブログや本の根底にあるのは、やっぱり、あの時「自分の好きなものを分かってもらえない怒り」に気づけたことだったように思う。そこだけは、スルーできない怒りなんだよな。私にとっては。

まさか「何かを分かってもらえない」という怒りが、「仕事」につながるなんて思ってもみなかった。プライベートだけの話ではなかった。びっくりだ。だけど働く際のモチベーションとして、どうしてこうじゃないんだろうという怒り、というのは案外有効……なのかもしれない。それだけどうでもよくないこと、なんだから。

 

 

本が出版された時、お互い大学院生活が忙しくて疎遠になっていた彼から、久しぶりにLINEが来た。「本買ったわ~」という報告。どうもありがとう。そしてそこには、こう付け加えられていた。

「最近、スピッツの『春の歌』のよさに気づいた」

 

あの曲のよさに今更気づくなんて、遅いわ。と、私は、ちょっと怒って、笑った。

 

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夏の下鴨神社はとにかく最高、すきすきだいすきちょうあいしてる

……ってのは舞城王太郎先生リスペクトな題名をつけたかっただけなのですが。すみません。*1 しかしちょうあいしてるかどうかはともかく、京都の観光地のなかで一番思い出深い場所、と聞かれたらなんだかんだ「下鴨神社かな……」と答える気がする。ちなみに一番好きな場所って聞かれたらまたほかにあるのだけど、それはまた別の時に。

下鴨神社に行くと思い出が多すぎてぜんぶの記憶がとろとろ溶けていってしまうので、「あれこれ何回生の時の記憶だっけな」と時間の位相がよく分からなくなる。題して下鴨神社の思い出、真夏のアイスクリームのごとし。とろとろっつーよりどろっどろに記憶が溶けている。たぶんそれは下鴨神社に行く機会が、京都の暑い暑い夏に多かったことにも所以するのだろう。

下鴨神社になんでこんなに思い出が多いのかといえば、大学からすぐ近くにあるのもあるし、下鴨神社は気軽にいけるイベントが多い、あと拝観料がかからない。最高。

京都に来る前は下鴨神社といえば『有頂天家族』のイメージしかなかったのだが、たぬきは結局いまだに一度も見たことがない。私たちの前に姿を現さないだけだろうか? それとも私が人間とたぬきが化けた人間を見分けられないだけなのか。

 

私は大学でふたつサークルに入っていて、ひとつが「京都の寺社仏閣を観光するだけ」という意識低いどころの話ではないのほほんとしたサークルだった。のほほんとしてるというか、例えば活動日にみんなで寺社仏閣に向かい、そして境内に入る前に「はいじゃあ十六時にもう一度ここ集合で~」と解散する(つまりはサークルで行くのに個人で各々観光する)、個人行動ラブもいいとこな団体だった。ふつうサークルで観光ってなったら皆でぞろぞろ行くもんだろう。*2上回生ともなれば「え、今日銀閣寺? 前に行ったしもういいや、それより哲学の道にあるカフェ行こうよ~」と、 観光せずに集合時間までカフェでだらだら喋る体たらくである。どゆこっちゃねん。しかしそんなマイペース・サークルに入るくらいなのでやたら変な先輩が多くて楽しかったなぁ……って過去形にするほど昔の話でもないのだが。これ美研の人読んでんのかな。

そんなサークル活動でいくつかある「リア充っぽい」イベントのひとつに、六月頃、「下鴨神社にいって蛍を見る」というものがあった。下鴨神社といえば「大量の蛍を川に放流する」時期があって、下鴨神社の境内の川に蛍があふれるほどにいる時期があるのだ。*3

蛍をちゃんと見る機会なんてたしかにそんなに多くなくて、案外「見よう」と思わなければ見えないものである。しかし京都の大学生はそれこそ銀閣寺近くの川辺やら下鴨神社やら、蛍を「見よう」と思ったらわりとすぐに見ることができる。

だけど実際によし蛍を見るぞと思って見てしまえば、結局「蛍だなぁ……」としか頭に浮かんでこない。枕草子もびっくり村上春樹*4もびっくりな情緒もカスもない「わー蛍だー」的な感想しか口から出てこない。ごめんな清少納言。今思い出してみても蛍の風景より蛍見ながら友達と喋ったことのほうがずっと記憶に残っている。ごめんな蛍。

けど、私は年に一度あるサークルの下鴨神社で蛍を見る会がわりと好きだった。それは蛍のおかげというわけではなく、ひとえに下鴨神社という場所のおかげである気がする。夜の下鴨神社というのは、入口から境内がずっと遠くて、糺の森に囲まれた暗い道を通ってゆく。一回生の時にはじめて行った夜の下鴨神社は、妙に雰囲気があって、「おお、私は京都に来たんだな」とちょっと感動した。

下鴨神社には、そういう、「いかにも京都じゃないけどやっぱりなんかこれが京都」みたいな雰囲気が、あって、好き。

 

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糺の森。夜とかけっこう雰囲気ある。ちなみに後ろ姿はサークルの同回生。後ろ姿だけどこんなとこに登場させてごめん! 事後報告!

 

 

七月になれば下鴨神社では「御手洗(みたらし)祭り」がある。あーこのお祭りほんとに京都で一番好きなんだよな。祇園祭よりもみんな御手洗祭りに来てくれ、と京都七年目の人間は思う。*5

御手洗祭りというのは、神社の境内にある池に足を膝まで浸しながら、みんなでろうそくを献灯する、というけったいなシチュエーションを楽しむことができる。七月といえど水はだいぶひんやりとしていて、まるで水飴の中を歩いているみたいな、変な気分になる。みんなで水の中を歩くというのはどうも幻想的というか異界じみてるというか、それこそたぬきが化けてたり妖怪のひとりやふたりいてもおかしくないような、そんなちょっと不思議な雰囲気がある。なんつーかな、千と千尋とかあんな感じ。いろんなものが混ざり合う感じ、山口昌男の本に出てきそうな感じ。楽しい。


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全体的に見にくくてすみません……。膝の下くらいまで浸ってるのが分かるでしょうか。毎年、着物デートしにいらしたお嬢さんたちがちょっと困ってるのもご愛嬌。



ちなみに下鴨神社には、源氏物語の歌が載ってるおみくじがあって、お祭りのついでに友達と引くと楽しい。私の友人は彼女とあれこれあって別れたばかりの時にそのおみくじを引き、見事六条御息所*6の歌を引き当てていた。友人はその歌を国文専修の私に見せて「なぁ三宅これどういう意味?」と聞いてきたが、「奥さんを呪い殺したメンヘラ美女の歌でさ……」とは言えず、なんと説明したものかと困り果てた。まぁそのまま説明しましたけれども。

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私のおみくじの写真が残っていた。おみくじの男性用は女性登場人物の歌、女性用は男性登場人物の歌が記載されている。

 

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それから八月になれば、どう考えても古本まつりでしょ。下鴨神社では毎年「下鴨神社納涼古本まつり」を開催してるのだけど、いやもうこれが暑い。本当に暑い。考えただけで汗が出そうなくらい暑い。なんせ八月の京都の野外である。『夜は短し歩けよ乙女』に先輩が乙女を追っかけ回した舞台として、この下鴨神社の古本まつりが出てくるのだが、「こんなに暑い中で欲しい本もないのに追い掛け回すなんて、本当に先輩は暇だったのだな……」と私ははじめて古本まつりへ行った時に思った。京都の夏は蒸し風呂もいいとこ、というかサウナに暖房扇風機かけてオーブントースターでじりじり焦がしました、みたいな「湿度も温度も高いってどういうこっちゃねん」とツッコミを入れたい暑さなのである。しかしそれに加えて神社。蚊が多い。もう一度言う。蚊が多い。大事なことだから太字にしてしまった。まぁ蚊が多いわ日射しは強いわ蒸されるわで三重苦どころの話ではないのだが、そこは古本まつり、やっぱり安くなってるいつもは手が出ないあれこれの本を手に入れるべく奔走しないわけにはいかない。海賊王になりたいワンピースよろしく本の山からじりじりとお宝を探すのである。しかもけっこういい本が売ってあったりして、やっぱりこの世は宝島。うん。これドラゴンボールか。まぁこういうふうにいい本が見つかるから、結局次の年も「暑い……」とげんなりしつつ行っちゃうのだよ。

 



去年の夏、いろいろとしんどいことが重なって心底疲れ果てていた時、夜ぶらぶら散歩をしていて、ふと下鴨神社に向かったことがある。ひとりで用もないのに下鴨神社に行ったのははじめてだったのだけど、夜の下鴨神社というのはやっぱり妙に暗くて静かで、ひとりでぼんやり歩くにはなかなかどうしてよき場所だった。夜だったから拝殿のとこには入れず、とりあえず引き返してきたのだけど、それまでぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるしていた思考が、下鴨神社を歩いてるうちに、すとんと「まぁ、周りに感謝してがんばろう」という至極まっとうな結論に至ったのをよく覚えている。そしてなんとなくその時、私は下鴨神社という場所のことを信頼したのである。

信頼というのは普通は人に使う言葉であると思うのだけど、たまに「場所」に対しても私は信頼できるなと思う時がある。うまく言えないのだけど、この場所があればなんか大丈夫な気がする、みたいな場所のこと。もしかしたらたくさんの人に信頼される場所のことを人は「聖地」とか「神社」とかそういうふうに名付けるのかもしれない。

昔読んだ本で、エリアーデという人が「聖なる場所」ってのはこの世にあるし、それは「いろんなものが帰ってきて旅立ってく場所なのだ」みたいなことを言っていた。些か宗教的な話すぎて寺社仏閣だって友達と喋るために使うくらい俗的な人間にはちょっとよく意味がわからない、と思ったけれど、下鴨神社のことをそう呼ぶなら、なんとなく、わからないでもない。下鴨神社の思い出は線上にあるのじゃなくて、ぜんぶ混ざってしまう。みたいな話。うまく言えないけど。

 

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ともかく、夏の下鴨神社が私は好きである。蚊は多いし暑いけど、歩いてて楽しい場所。京都の観光地だと案外見過ごされがちなんだけど、私は好きなんですよ、ぜひ京都にいらした際はお立ち寄りください、という話でした。

 

今年ももうすこしすれば、夏がやってくるなぁ。今年の夏も、生きのびましょう。

 

 

 

*1:好き好き大好き超愛してる。』(舞城王太郎講談社)、名作なのでみんな読んでくれ

*2:新歓で「あっこれそんなにリア充する感じのサークルじゃないや」と気づいた新入生はここらへんでリア充観光できる別の観光サークルに行く、という春の風物詩。しかし非リアと非リアが集まるとそこはリア充になるという法則のごとく、意外とサークル内恋愛は多かった。完全に余談だけど。

*3:蛍の茶会なんてものもある。茶会には行ったことないけれど。ほんとに放流された蛍はきれいです。もしこの時期に京都いらっしゃる際はぜひ。

kyototravel.info

*4:『蛍』という短編がある。あんまり知られてないけど、有名な『ノルウェイの森』の元ネタになった短編小説である。

*5:御手洗祭りの詳細はこちら。

*6:源氏物語に出てくる有名なメンヘラ美女。生霊で光源氏の奥さんを死なせるという稀有な念力を持った女。すごい。

世の中には「インプット」型と「攻略」型がおりまして(という名の受験勉強攻略法)

友人が「今年も死んだ目をした新入生が入って来たよ~」とにこにこして言っていた。死んだ目をした新入生。「まぁ四月の最初だけは死んだ目してるよ」と友人は笑う。

そりゃそうだ。友人は某予備校で塾講師をしていて、浪人生を主に教えている。

もうそんな時期か~受験生ははじまりの季節か~と、むかし塾講師をしていた大学院生は彼らのことをぼんやり思う。

受験勉強、めんどいよな。

 

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とある京都のチョコレート屋さんにいた猫。死んだ目をしてるけどかわええ。

 

じゅけんべんきょうという久しく離れた言葉を思い返すと、「自分の強みを理解しよう」という謎の教訓が垂れ流されていたことを思い出す。今気づいたけど就活でも同じこと言われてそうだな。受験勉強するなら、きちんと戦略を立てましょう。そのために自分の強みを知って伸ばしましょう。自分の弱みを知って鍛えましょう。そう教えられる。と思う。少なくとも私はそう教えられた。子育てとかも一緒かなあ? やったことないから知らんけど。

子育てはしてないものの、私はアルバイトで個別の塾講(一対一で教える塾の先生)をしていた経験がある。その時、気がついた。何かを教えたり習得させようと思えば、その子の「強み」を理解するよりももっと、その子の「楽しさ」を理解したほうがずっと早い、ということに。

 

そもそも、強みなんて人と比べればぽろんと崩れ落ちるものである。「強みなんかないもん何もできないもん……」みたいなモードに入ってしまえばすぐに弱る。何より中高生くらいだと「個人の機嫌やモチベーションの有無」みたいなびみょ~なとこにすぐ左右されてしまう。得意教科はあくまで相対的なものでしかないというか、まぁぶっちゃけ強みって当てにならなくないか!? と塾講師をしていた時まじで思った(っていうより自分が死ぬほど得意教科と苦手教科がはっきりしていた人間だったので、得意や苦手がはっきりしている子は塾講師なんかに教えられなくても、と思ってた)。

というわけで、「強み」よりも大事なもの。それは「楽しさ」のポイントである。「楽しさ」をどこに見出すか、ということ。

楽しさ。それは国語が好きとか数学が嫌いとかそういうことじゃなくて、もっと抽象的な話だ。

 

受験勉強という同じタスクをこなしていても、「インプット」が楽しいか、「攻略」が楽しいか。これって人によって、びっくりするくらい違う。

たとえばインプット型の子は、授業時間中の雑談が好きである。雑談っつってもあれね、たとえば「数学キライかもしれないけど、元々数学って哲学からできた科目なんだよ~~」とか「芥川龍之介は頭よさげに見えるけど、案外師匠の漱石が言ったことをまんまパクッてるんだよ~~」とかそういう話。ちょっと小ネタになりそうな雑談をすると、ぱっと目を輝かせて笑う。

たとえば攻略型の子を教える時は、ゲーム形式にするとか褒める回数を増やすとかそういうことをやると、すぐにテンションが上がる。ちょっと競争心盛り立てるとか煽るとかそういうことを織り交ぜたほうが、集中する。

 

だけど雑談を攻略型の子に話すと、「知らんがな、それよりはよ授業終わらせてくれ」って顔になる。如実。大人から見るとそういう子って「知的好奇心がない!」なんて言われることが多いけどそんなことはない。休憩時間にやりたいこともあるだろうし、効率悪いことが嫌いなだけだ。そもそも関係ない話、聞く理由が見つからないもんね。

反対に、ゲーム形式をインプット型の子にしても「なんでこんな茶番やってんだ……」みたいな白けた顔をし始める。「ええ、勝負……やだ……」と萎えた表情になる。子どもがみんなゲーム好きだなんて思うなよ、って気になるよね。わかる。

 

ほとんどの子はインプットも攻略も「程度によって」楽しいと感じるものだけど、その程度がどっちのほうが上かっていうのは、人によってだいぶ違う。

難しいのが、両者の断絶。自分にとっての快楽が相手にとっての快楽ではない、ということを結構みんな知らないことである。攻略型は「えっそれは負けるのが嫌なだけでしょ? 勝てばゲーム楽しいし嬉しいでしょ?」とか言ってくるし、インプット型は「えっそれは興味持ってないだけでしょ? 興味のある分野だったら楽しいし嬉しいでしょ?」とか言ってくるものである。

ああ、断絶。楽しいことは人によってちがうんだよばかやろう!

しかし実際知識を得て嬉しいという体験も勝って嬉しいという体験もコストを払うもので、そこに行きつくまでの体力や気力やモチベーションがある前提だ。どちらに対して「そんなコストを払ってまでやりたくねぇ」と思うか「コストなんて思わないよやりたいよっ」と思うか、その差でしかない。もっかい言うけど、楽しいことは人によってちがうんだよ……。

 

ちなみに東大には攻略型、京大はインプット型が多いなーという印象。*1

あとビジネス系はやたら攻略型の煽りが多い。みんな任天堂バンダイの回し者なのかな。

さっきも言ったけれど、大抵の人間は結局オール・オア・ナッシングじゃなくて、程度の問題*2なので、自分がだいたいどの程度の比率かな~と考えてみるのは、受験生じゃなくても楽しい。暇なときにおすすめ。身の回りの他人の比率考えるのはもっと楽しいし更におすすめです。

 

というわけで受験生が読んでくれてるかどうか分からんけど、塾の先生風にまとめると、受験勉強するうえで大事なのは、自分がどっち派か見極めることだよ! そしてインプット型は息抜きに勉強に関係ある本を読むとか、攻略型は時間はかったり友達と競ったりしてちょっとゲーム要素入れるとか、そういうの取り入れてなんとかのろのろやりきることだよ、というお話です。はい。がんばってね。飽きてきたら自分の中でゲーム要素(攻略型)と雑学遊び要素(インプット型)を入れ替えてみてね。

あと、一番大事なのはむやみに「ああ自分はどっちも楽しめないから受験勉強無理だ……」とか「ゆーて受験勉強ってインプット楽しめなきゃじゃん……」とか勝手に落ち込まないことです。先生困るからね! がんばって明るく楽しく一年間生き抜こ!! がんばって!! 応援してるよ!!

 

 

こっからは完全に余談なのですが、この「人は何に楽しさを覚えるのか?」表のマッピングというのは楽しいので暇な時におすすめです。好かれるのが楽しいor好きになるのが楽しい、とかね。*3

眼の前にいる人がどういう作業が本質的に好きな人かを考えるのも、それを分類してくのも楽しいので、いつかなんか表ができたらここで出そう。みなさんもおすすめの快楽分類対立軸があれば教えてくださーい。

*1:あくまで統計採った数が段違いに異なるので、ほんとにエビデンスのない印象論ですが。まぁどっちもいます。当然。

*2:ちなみに自分はインプット型、たぶん…だって負けるのは嫌だけど、勝ってもゲーム作成者の手のひらの上にいるかんじで腹立つし「だからどうした!」って言いたくなるんだもん……ってプライド高いとこういう大人になるのでよくないね。受験生のみんなはまっとうに素直な大人になってね。

*3:恋愛好きにも攻略型(落とすのが好き)とインプット型(異性を知るのが好き)ってのがいる気がするなぁ。世にいう恋愛好きのイメージは前者に偏ってる気もするけど。どうなんでしょう。

この春、文学部に入学したみなさん、おめでとう!

文学部に入学したみなさん、おめでとう!

就職がない*1だの社会不適合者が行くとこだのそこ出てなにすんのだの言われつつも文学部に入ってくれたあなたを、私は心から歓迎します! だって仲間が増えたんだもの! いい仲間かわるい仲間かは知らんけど! うれしい!

しかし文学部ってなんでこうも「文学部イズム」的な何かがあるんでしょうね。同胞意識、めちゃくちゃ強い。なんでだろうね。

私もたまに、文学部とは何だったのだろう? と、考える時があります。

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時計台の裏。今日行ったら新入生いっぱいでこわかった……。


京大の文学部図書館という場所は、文学部の校舎(文学部新館*2という)の地下にある。つまり文学部図書館に向かうには、必ずそこに至る階段を下る必要がある。

文学部新館の二階や三階で、階段の踊り場から地下の図書室のほうを見下ろそうとすると気づく。そこにネット網が張ってあることを。

ある時、先輩から「あれ、自殺予防の網らしいよ」と聞いたことがある。

分からなくもない。階段の踊り場からぼんやり図書室のほうを見下ろしていると、すぅっと吸い込まれそうに落ちてゆきたくなるの、ちょっと分かる。

 

 

そんな与太話はおいといて、文学部の先生*3のブログに、こういう記事がある。

chez-nous.typepad.jp

 

文学部イズムというものがあるとすればーーなんかこんな恥ずかしい言い方すると文学部の方々に白い目で見られそうだけれどーー「絶望」がちゃんとここにあるという希望、のことだと思う。

 

そもそも、人生とか人類とか世界というのはどうしようもないものである。

まじどうしようもない。キリスト様が原罪を説いたのはさもありなんという話で、人生の年月を経れば経るほど、人間は思ってたよりよろしくない存在だなぁということに気づく。もちろん自分も。人間も私もバカだしアホだし、大人になってもたいして成熟しない、あるいは成熟しようとしない。自分にデメリットがあればそこには目をつぶる。

でも、そういうもんだよな、とも思う。うっすらと私は諦める。人間も私もどうしようもないもんなんだ。しゃーない。

しかしなぜか社会は諦めない。成長を遂げ、だれかに勝ち、恋をして、子供をつくり、人とわかり合うことで、あなたの人生はすばらしいものになる、と社会は言う。たとえ幻想だとしても、諦めないようにしようぜ。そう語る言説に社会は満ちている。

躁状態にしてもひどいよなァと私は思う。ほんまかいなという希望ばかりが電車広告に踊る。まぁ気持ちはわかる、結局そういう希望でテンションを上げてないと社会で頑張ることなんてやってらんねぇんだよな。ドーピングのようなもの。

でも、そのドーピングに疲れる時はやってくる。希望ばかりを追うのはしんどい。

そんな時、文学部はあなたのもとへやって来る。

文学部は、たとえばヘミングウェイの『移動祝祭日』みたいに、あなたのところへやって来るのである。

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我が家のぬいぐるみ可愛くないですか。


文学部の先生方は言う。文学や歴史や哲学やどれを見てもわかるように、世界は絶望や虚無に満ちてるよね、もう僕はそろそろ歳もとったしいいんだよ、でもあなたたちは若いし希望もあるんだから生きなさいね、と。

そして先生方は、そう言いながら私達を踏んづけて行く。知識と論理力と背中とその他圧倒的なものによって軽々と私達を踏みつける。くやしい。なんでやねん。もう死ぬ歳だなんてさっきまで言ってたくせに。

私達は、そんな先生方を乗り越えるために、いつか先生方を踏んづけるために、図書室の埃臭い匂いを嗅ぎ、本をめくる。なんでこんな私はアホなのかなぁ、ちくしょうこんなん読めねぇよ、と半泣きになりながら。

文学部という場所のことを思うとき、私はその時嗅いだ本の埃臭い匂いのことを、思う。

 

希望なんていうきらきらした言葉はどこにもなかったけれど、むしろ希望なんかこの世界にはないよって言われ続けたような気もするけれど、でも、文学部にはたしかに絶望と失望に満ちた中の希望があった。

それは文学部の古いほうの校舎に眠る幾多の論文雑誌のことで、地下の図書室に至る踊り場に掛けられた自殺予防の網のことで、そこで出会って鴨川デルタで缶ビールを飲んだ友達のことで、三限の講義室でうつらうつらと頭を揺らしながら聞いた先生の声のことだ。

 

私は明日世界が終わるって言われても「よしきた!」と思うだけだろうけど、明日食べたい期間限定のハーゲンダッツを買うことと、明日のゼミで読む論文を予習しておくことを怠らない。

あーもう明日人生終わってくれよと嘆きながら、明日借りる本の予約をしている。

まぁ、そういうことなんだよな。


人間も世界もどうしようもないけど、万葉集の歌は、カズオ・イシグロの小説は、九鬼周造の理論は、ラファエロ前派の絵画は、それでも善きものなんだよ。残念だね。

くすくすと笑いながらそれらの悦びに浸った、そういう文学部的空間のことを、私はたぶん一生忘れない。

そんで文学部がいらないとかなんとか外野からは言われるけれど、文学部はいつだって埃にまみれてそこにある。疲れた時に移動祝祭日みたいにあなたのもとにやって来る。だから誰になんと言われようと、あなたとわたしの文学部は、何ものにも壊されたりはしないのだ。

 

 

そんなわけで、いろいろあるけど文学部たのしいよ。

文学部への入学、おめでとう! 

 

どうか、あなたが素敵な出会いと幸福な日々を、ここで見つけられますように。

 

*1:これは私の所感なのだけど、文学部に来ると就職できないのではなく、文学部に来ると就職を素直にいいものと考えられないスピリッツに染まってしまうため就職へのやる気が若干なくなる、の方が正しいと思う。でも私の知ってる文学部の方々はみんな立派に就職なさっていったので、そんなに世間は言わなくても……って思っちゃうな~どうでしょうね。

*2:耐震工事のために新館を建てたのに、旧館はいまだに雑誌所蔵の図書室として使われているという文学部の闇。文学部の雑誌室に行くやつは地震で野垂れ死んでもよいという暗黙のメッセージにしか思えない。

*3:講義がほんっとうに面白かった、思い出の先生。もう退官なされたけれど、「テストの九十分間、どこに行っても誰に何を聞いても何を見ても構わないから回答を完成させよ」という試験、面白かったなぁ。まったく歯が立たなかったけども(今ならもうすこしマシな回答が書けるかな、無理かな……)。ちなみにこのテストには二問目があって、「この授業への自己評価を百点満点で点数をつけなさい、それをあなたの成績にします」という問題だったのだ

鴨川を語る詩人になれなくて

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桜の季節である。完全に今年は早かった。いつもなら入学式の段階で「わ~京都の桜きれい~♡満開だ~♡」なんて言う初々しい新入生に「ところでうちのサークルのお花見がこの週末にあるんだけど来ない?」と下手なナンパかよとつっこみたいサークルの新歓が行われるところであるのに*1、今年は卒業式の段階で咲ききってしまった。どうすんだろう彼ら。がんばれ。

そんなわけで桜といえば鴨川である。京都では鴨川といえばトンビ*2、そして桜といえば鴨川なのである。循環論法みたいだな。

鴨川といえばその昔、鴨長明せんせーも眺めながら「ちょう無常!」と言ったとか言ってないとか*3柿本人麻呂も「鴨川で会いたい♡」と言ったとか言ってないとか*4、鴨川を前にするとみんな何かしら言いたくなる。そう、鴨川を前にすると、みんなしてポエマーになるのである。

ポエマーになる。

びびる。

 

 

これは個人的統計に基づく情報なのだが、京大生は異様なまでに鴨川での告白が好きだ。なぜってくらいみんな鴨川で告白する。私の京大女子会ライフの中で「告られた~」「おお、ついに」「いやー鴨川行ったらなんかそういう雰囲気になって」「あ、ああ~~KAMOGAWA……」みたいな会話を何度したことか。おそろしい。何があるんだ鴨川。『月刊マーガレット』に頻繁に登場する渡り廊下よろしく、京大の女子会に頻繁に登場する鴨川。

何なんだ鴨川。きみは何を隠しているんだ。きみは何を京大男子に飲み込ませているんだ。

 

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私は覚えている。ゼミの最中、「二十歳になるのが嫌だった」というトピックを扱った時(文学研究のゼミってこんな話を授業中にするんですよ……)、ある男の子が「二十歳になるのが嫌すぎて、深夜の鴨川のほとりを猛ダッシュして泣いた」というエピソードを披露したことを。

ちなみにこないだは卒業式だったのだけど、東京へ引っ越す友達の数人が「タクシーで鴨川を渡るとき泣いた」「最後に鴨川を自転車で漕いだ時泣いた」「最後の桜を鴨川で見て泣いた」という発言を残して去っていった。彼らが最後に残したダイイングメッセージにやたらめったら「泣ける場所」として登場する鴨川。

そしてむかしNHKで「ドキュメント72時間」という番組があり、「鴨川をひたすら72時間うつすだけ」という狂気の沙汰かよという回があったのだが、東京でその番組を見た私の友達はみんな言っていた。「泣いた」と。

 

鴨川、どいつもこいつも泣かせすぎ問題。

 

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鴨川なんて、ただの川だ。

だけどなんでみんなそんなに揃いも揃って鴨川が好きかといえば、「お金のかからない遊び場所」だから好きなだけなのだ。鴨川の思い出を聞かれても、きっとその告白の記憶とかみんなでデルタで飲んだ記憶とか花火した記憶とかお花見で誰かが川に飛び込んだとかお花見じゃないのに誰かが飛び込んだとか、結局友達とだらだらしたり喋ったり飲んだり、そういう記憶しか思い出せない。

そう、鴨川はただの川だけど、重要なのはそこで過ごす時間がタダであり、大抵鴨川に行くなんていう時は暇なときであること

 

「時間を気にせずいられる、お金のかからない遊び場所」がどんなに貴重だったのかを、私たちは意外と、知らない。

 

京都を卒業してゆけば、「お金をかけずにだらだらと過ごせる場所」は存外に減ってゆく。宅飲みだって結婚したり会社の寮に住んだりすればできなくなる、居酒屋もカフェもキャンプ場も、思っていたより有料だ。

その時私たちははじめて知る。「外でだらだらする」ことが、思いのほかむずかしいことを。

そして思い至る。「外でだらだらする」ことのできる友人という存在が、思いのほか貴重であることを。

 

夏は蚊がいて、春と秋はちょっと肌寒くて、冬はかなり寒くて、年中無休でトイレがコンビニにしかなくても、それでも「なんとなく朝まで一緒にいちゃう」相手は、案外いない。

無駄な時間の共有。退屈で「もう帰ろうかな……でももはや帰るのもめんどいな……」くらいに思う友人との会話。明日になればほとんど覚えていない内容。それは今私たちが思っているより、けっこう、手にすることが難しいものである気がする。効率的じゃないし、ね。*5*6*7

 

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ある時ジョイスの『ダブリナーズ』を読んでいたゼミで、教授は授業の最後に、ふと思い出したように言った。「きみたち、鴨川で朝まで飲んで、朝日を見るとかするでしょう」

そして、教授はにこっと微笑んだ。

「それね、今だけだよ」

 

 

今だけなのだろうか。私たちは、鴨川で朝まで飲まなくなった時、鴨川を語ることができるのだろうか。

 

 

鴨川は遠くにありて思うもの。ってわけじゃないけど(実際、鴨川で泣いてる現役京大生はたくさんいるらしい)、でも、まぁ、今のところ私は鴨川を見てもべつに泣かない。京都にいる身としては、鴨川は基本的に楽しい遊び場である。鴨川を語る資格のあるやつは、鴨川を卒業できたやつだけだ。

 

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京都を離れないと、まだ、鴨川を語る詩人になんて、なれない。

 

 

*1:ちなみに京大のサークル男子たちが新歓時期に最も楽しみにしているのは京都女子大に新歓しに行くとこであり、京大生がハツラツとしているところを見ることが出来るのは一年でその日だけと言っても過言ではない。しかし京都女子大の構内には入れてもらえず警備員さんに虫ケラを見るような目をされるとかされないとか。

*2:鴨川でひとりでパン食べてたらまじでとんびに食べられるから注意してくださいほんと。ちなみに私もとんびに持っていたパンを今出川通りでかっさらわれたことがある。やつらはプロ。

*3:言ってませんごめんなさい。

*4:言ってませんごめんなさい。でも「鴨川の後瀬静けく後も逢はむ妹には我は今ならずとも」(万葉集巻11・2431・人麻呂歌集)って歌はあるよ

*5:そういう意味でシェアハウスとか大学時代の友人関係に近そうで、だから流行ってんのかなとも思う

*6:二、三枚目は友人が撮った写真です。すっごい上手で惚れ惚れするわ。M枝、使わせてくれてありがとう!

*7:はいこの記事で一番言いたいことですが、このタイトルに反応したあなた、SKEオタクですね!?「恋を語る詩人になれなくて」、聞いたことない人は聞いてね! いい曲だよ!

www.youtube.com

「どうして今までそれで生きてこれたのか」となんども思った京大での六年間について

六年前、いたいけな田舎娘(私)が京大に入って驚いたのは「どうして今までそれで生きてこれたんだ……」という人間の多さであった。

 

どうして今までそれで生きてこれたのか。

 

京大というのは日本で一番自信家の多い大学である(という話を昔書いたことがある)。*1

ちなみにこれはライフハックなのだけど、職場や知り合いで元・京大生を見たら「ハッこいつ自信家だ!」と思ったほうがいい。基本的に謙虚なふりをしてても自信なさげに振舞ってても、そいつは心の奥底では自分が世界で一番エライと思っている人間である。本当に!

しかし話を戻すと、自信家という生き物は、基本的に出る杭は打たれるこの国で、「自信なさそうに振舞う」という処世術を習得する。それが普通である。

とくに中高なんて、みんな一緒の制服を着て同じ試験を受けて同じよーな場所に帰るわけで、いくら能力があったとて「俺/私、自信ありまーす!」なんて叫んでたら殺されるだろう……と十八歳までの私は思い込んでいた。つーか能力あっても謙虚でいなきゃ殺されるもんだろ、普通。羽生結弦くんを見てみろ。

ところがどっこい。私が京大に来て出会った友達は、「ひょえー」と驚くくらいに自信を隠さなかった。

 

たとえばこれは物理の研究者志望の友人の話。

「京大は五パーセントの天才を育てる場所で、あとの九十五パーセントは遊んで終わるんだよ」と彼が教えてくれたことがある。まぁそうかもねぇ、と私は頷いた。すると彼はこう付け加えた。

「まぁ、俺はその五パーセントに入るんだけど」

……ひょえー。

 

またこれは二階堂ふみ似の美人な友人の話。

仲良くなりたての時、「○○ちゃんほんとに可愛いよねぇ」と私が褒めたことがある。すると彼女は笑ってこう言った。

「私が美人なのは私が一番知ってるから言わなくてもいいよ~」

……ひょえー。

 

いやきみたちの能力値が高いのはよく分かるけど、これまでの人生でそう返事して、白い目で見られたことはなかったのか!? きみたちは村八分にされた経験がなかったのかっ!? みんなゴーイング・マイ・ペース過ぎではないのか。

どうして今までそれで生きてこれたんだ。と、私はいつもつっこみを入れていた。

実際は、村八分にされていても気にしなかったり、そもそも村に入っていなかったり、村八分にされても性格を変える術を知らなかったり、彼ら彼女らも「これじゃあ生きていけない」と思ったり思わなかったりする。スペックが高い人は高いなりに大変なのだ。……というのは、大学で彼ら彼女らと仲良くなるうちに分かったことだけど。

 

そしてこれは、語学の才能があり余っている友人の話。

学部に入りたての時、第二外国語の授業選択について話してる際、彼女は「私、フランス語の○○コースの授業うけよっかな」と言った。その○○コースは上級者向け、とシラバスに載っていたので、私は「わーそれ難しいんだよね、すごいねぇ」と言った。すると彼女はけらけら笑った。

「えーでも私がこの授業とれなきゃ誰もとれないでしょ~」

 

この感覚である。京大に蔓延する、「なんだかんだいっても、俺/私ができなきゃ、誰もできないだろう」という感覚。

これがこの大学の病理の根幹であると私は思っている。

自分なら授業サボっても麻雀してても遊んでも夢見ても変人でも自信家でもやっていけるでしょ、という感覚。

それは野心ではない。ポジティブさでもない。もっと単純な、「自分という存在には意味がある」くらいの根本的楽観視のことだ。他人にできなくても自分にはできる、という感覚。

そしてそれは、私がこの大学で出会った人間たちの、一番好きなところでもある。

 

……だんだん惚気じみてきた。よろしくない。

 

授業をサボることも麻雀とボードゲームで夜を潰すことも古本屋に一日中いることも引きこもることも夜通し鴨川で飲むこともそんで午前中の授業行けないことも、京大っぽくて、いかにも森見登美彦的で、いい大学生活の思い出だけど。それ以上に京大に流れる「なんだかんだ、俺/私ならいけるんじゃない? つーか俺/私以外の人は無理じゃね?」という空気が、私にとっては居心地がよかった。

それは勘違いかもしれない。というかほぼ勘違いである。恋愛初期の「自分以上にこの人を理解できる人なんていない」みたいな勘違いとよく似ている。

若さ特有の万能感。社会に出たら潰される楽観でもある。人生舐めてるぞてめぇ、と、どっかの大人に怒られそうな。*2

だけど私は、「まぁ、自分以外にこれをできる人はいないだろう」という勘違いをしないと、人生なんてやっていけないように思う。

何かをやろうと思ったとき、「自分以外にやってくれる人がいる」なら、何もしたくならないもの!

 

きっと「自分以外にもこれをできる人は沢山いる」ことを知ってコツコツ努力をするようになることも、「自分はできないんじゃないだろうか」と心配して自分の力量を見極めることも大事なことだ。

……大事なことなんだけどさ。

しかし、京都にそんなまっとうな常識溢るる考え方なんて存在しない。素質がそもそもアホで夢想家でロマンチストでピュアで怠け者の人間が集まると、みんなして「まぁ、自分なら、これくらいやれるでしょ~」くらいに思うようになるのである。*3

恐るべき大学の空気。こわっ! 

かく言う私も六年間を通して、マジで図々しく育ってしまった。ぜんぶ京大のせいだ。ってことにしとく。本来もっと謙虚な人間だったのにねぇ。

 

でも、私はここで出会った友人たちの、微妙な不機嫌さとちょっとばかりの凶暴さが、けっこう、好きだったのである。

何度も「どうして今までそれで生きてこれたのか!」と思ったけど、ちょっとはそのまま生きててほしい、気もするよ。

 

というわけで、京大を卒業する皆様、卒業おめでとう。ついでに自分もおめでとう。

 

これからも、あなたができないなら誰もできないよ!

だから頑張ってね、応援しております。

私も京都でがんばりまーす。たまには遊びに帰ってきてね。その時は鴨川か我が家で飲もう、ね。

 

 

*1:ちなみにこちら。→http://tenro-in.com/articles/team/7718就職活動とかなんとか書いてるけど結局私は就職せずにそのまま京大院生になったのだから今読むとちょっとウケる。

*2:実際マッキンゼーの人が書いた『採用基準』という本では名指しで京大生が「あいつら使えねぇ」と怒られていた。笑う。

*3:ちなみにこの空気感の理由としては京大生の資質以外に①そもそもサラリーマンを見ることが少なく社会が遠い②京大が隔離されている③百万遍が何かの磁場に守られている、あたりが考えられる。要はぬるま湯が許される空気なんだよな……よろしくねぇ。