東京物語

三宅香帆のブログです。日々の感想やレビューなど。感想は基本的にネタバレ含むのでご注意を。

理想と現実のかさなった場所 『プリンセスメゾン』によせて/2020年の抱負

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(『プリンセスメゾン』3巻、池辺葵小学館

 

 

この世には、思っていたよりも楽しく、キラキラしたものがたくさんあるな、と思うようになった。

社会人になってお金を稼ぐようになった。自分のお金というものはすばらしく、今までなら「まあそこまで優先順位高くないからいいか」とあきらめていたものに、「買ってもいいかも」と、ふっと手を伸ばすことができるようになった。

アンティークのマグカップ。ふわりと軽くてあたたかいコート。自分の部屋をあたためてくれるデロンギ。友達へ会うためだけに買った当日券の新幹線。C席から見るオペラ。ずっとスマホで見ていたアイドルの卒業コンサート

本や映画といった、いわゆる「情報」にしか価値を見出さなかった昔の自分からすると、「体験」や「使い心地」や「生活を楽にする」といった価値観にお金をつかうのは、妙に贅沢な気がして、買うたび少し緊張した。

だけど緊張以上に、キラキラしたものは、素直に、自分に人生をいとおしむ理由をくれた。

その買い物は贅沢だという感触以上に、大げさに言ってしまえば今日も家へ帰りたいと思う理由になったり、明日も仕事を頑張ろうと思う理由になった。ちょっとだけ人生がやさしくなった瞬間だった。

大人になってよかった。自分で選べるものの範囲が増えた。

 

だけど私は真面目なので(自分で言うけど)、素敵なものに出会うたびに考える。

私はこのマグカップくらい、コートくらい、デロンギくらい、コンサートくらい、素敵な仕事を、世に送り出せているのだろうか?

 

 

そんなふうに消費に興味を持ち、自分の仕事を反省していた年末。『プリンセスメゾン』という漫画を読んだ。働き者の主人公・沼越幸(通称・沼ちゃん)が「マンションを買うこと」を目標に、不動産関係のスタッフとともにマンションを探す物語だ。

沼ちゃんは、マンションという一世一代の「買い物」をひたむきに目指している。彼女のお金を貯める姿もひたむきだが、「どのマンションを買うか」という点においても彼女はひたすらにひたむきなのである。

隅から隅までさまざまなマンションを見てまわる。どのような生活を自分が暮らしたいか、自分の理想とするものはいったいどれなのか。

何でもかんでも選べるわけではない。理想と現実の、限りなく近づいたその一点。そこに自分の探しているマンションがあるのだ。そう考える沼ちゃんは、ずうっと、マンションを探し、働き続ける。

私は沼ちゃんの、マンションを探すその姿勢が好きだった。

沼ちゃんにとっては、住まいが変わったからって、毎日の仕事が楽になるわけではない。突然幸福になるわけではないのだ。だけどそれでも、マンションの一角が、自分の理想が投影されたその場所が、キラキラ光って、自分が生きることを助けてくれるはずだ。そう決めた目標に対して、ひたむきに探し続ける姿そのものが、キラキラして、うつくしかった。

私も沼ちゃんのような選ぶ姿勢を持ちたいし、そして仕事だってこんなふうにやりたい、と思わずにはいられなかった。

そんな2019年の年末だった。

 

 

2020年がやってくる。私はもっともっと、キラキラしたものに出会いたいし、自分だってちゃんと、誰かにとってのキラキラしたものを生み出したい。買い物も仕事も、どちらも私の一部だ。

キラキラというと軽薄な言い方なんだけれど。でも、ちゃんと面白くて、読み終えたあとに「読めてよかった」と思えるような文章を生み出したいのだ。

書きたい文章を、書けるようになりたい。

 

理想と現実の、限りなく近づいたその一点。

妥協せずにそこを探すこと。それしかないのだ。と、『プリンセスメゾン』を読んでいると、思う。

 

 

さあ、今年の私は、いい生産者でいられるのだろうか。いい消費者でいられるのだろうか。

あけましておめでとうございます。あなたにとって素敵な年になりますように!

 

 

 

プリンセスメゾン(1) (ビッグコミックス)

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今週のお題「2020年の抱負」