東京物語

三宅香帆のブログです。日々の感想やレビューなど。感想は基本的にネタバレ含むのでご注意を。

宝塚というときめきを成立させる濃厚さー『男役』『娘役』『銀橋』(中山可穂)

中山可穂の宝塚シリーズ全三冊。とっても好きなシリーズになった。

一冊目は男役、二冊目は娘役、三冊目は専科(宝塚の中でのベテラン勢枠みたいな組)について主に描いているシリーズ。基本的にそれぞれエピソードは独立しているし、テイストも異なるので、一冊だけ読んでも話はわかる。でも三冊通して読むと、同じキャラが出てきたりするので二度美味しい。

 

『男役』は、宝塚版「オペラ座の怪人」物語。(ちなみに私は旅先ではその土地に縁のある本を読むのが好きなので、7月の宝塚旅行ではこれ読んだ)。一冊目だけあって、ファンタジーで、宝塚を知らない人が読んでも楽しい仕掛けが施されている。

『娘役』は、まさかの任侠の世界と宝塚が絡み合う。宝塚知らない人にも一番おすすめしたいのはこの『娘役』かな。任侠モノとしても面白かったし。映画にしても映えそう。誰か作ってほしい。

『銀橋』はシリーズの中で一番、純・宝塚の話。作者もあとがきのなかで宝塚ファンに向けて書いたと言ってた。『男役』『娘役』通して登場していたレオンが第二の主人公になる。私の好きな宙組トップスターになっててちょっと嬉しい。あと解説がすごくよかった。レオン人気あるよねわかる。しかし作者の宙組への印象がひどいと感じるのは私だけだろうか。笑

 

シリーズ通してとても面白かったし、やっぱり中山可穂は筆力あるなあ、としみじみ感動。舞台に出る者の業を描き切るに足る筆力。

この作品たちを私が好きな理由、宝塚題材だからというより(もちろんそれもあるけど)、中山可穂の描く女性同士の関係性が濃くてロマンチックで、そのどろりとした感触を味わいたくて繰り返し読みたくなるから、というものが大きい。ほかにない濃厚さがたしかにある。そしてその「ほかにない濃厚さ」が、宝塚という特別装置を光らせているような印象。

 

私が宝塚に惹かれるのは、表舞台に立とうとする女性たちの話だからだ。表舞台に立つっていうのは、たぶん、自分をどんなふうに使えば、自分を超えたところで夢を魅せることができて、だれかの頭のなかの幻想を叶えることができて、そして一瞬しかないトンチキで酔狂できらきらした世界を作り上げることができるか、を、試すことだ。と思う。少なくとも私はそう思っている。

宝塚を見ていると、キラキラして豪華でロマンチックなんだけど、やっぱりかなり関西文化が入っているところが面白いなと思う。想像していたよりかなりトンチキ濃度高めなんだよな!! ただのスタイリッシュな美しさではない。だって羽を背負って舞台から降りてくるんですよ、羽。トンチキですよ。関西の豹柄文化を彷彿とさせるよ。

ただの清く正しく美しいだけのものではなくて。そうじゃなくて、色っぽさも濃厚で、それでいてトンチキで、しかしそれを過度に美しくてロマンティックなときめきでもって一つの舞台としてまとめあげる……という、異様な伝統を抱えて観客の狂気を丸呑みにして続く、夢と愛とときめきの文化なのだ。

それを成立させているのが、スターシステムって呼ばれるあくまでトップスター中心の俳優ヒエラルキー制度と、全員女性で男と女を演じるという他に類のない仕掛けと、「清く正しく美しく」という訓なんだろう。舞台以外のところで清く正しくあるからこそ、舞台上では濃い夢を提供できる。

いやもう例えるならギュッてラム酒とか重いビターチョコとか全部詰まったチョコレートケーキみたいな。決して軽いふわふわのショートケーキじゃない。なんじゃこりゃあと最初は思う。でもこんなもの、他のどこにもないから、ここに観に来るしかない。 

 

ある意味、SNS時代の流行と逆行する文化でもある。今はもっと、軽くてわかりやすくてコンセプチュアルですぐ噛み砕けるものが流行っている。でも宝塚は違う、伝統をがんがん重んじるし、規律も規約も多く、なにより舞台を観に行かないとその魅力は分からない。

しかしだからこそ、若くて美しい女性たちが「女の子の夢のなかにしかいない、世界一かっこいい男性」を演じることにこんなに体現しようとしていることに「なんだその酔狂……」とたまに呆然としながら(すごくない!?)、惹かれてしまう。

 

ほんと、こんな殺伐とした世の中で、夢と愛とときめきをここまで一直線に目指してくれる世界、宝塚くらいしかないよ!! ロマンチックは令和にも生きていたのだ……。

この世の夢はここにあった。

 

って思わず宝塚語りになってしまったけれど笑、そういう、濃ゆさおかしさまで中山可穂は小説に落とし込んでくれてて、すごかった。よかった。

私がフィクションに求めるもののひとつは、現実では決して得られない、濃いときめきなので。世界のときめきをぎゅっと濃縮しててほしい。そしてそれを本当の意味で成立させるには、真のロマンチックと、真のユーモアが必要なんである。このシリーズは、たしかにそれを持っている。

 

このシリーズ、また読みたいよー!

個人的には劇中劇を読むのがめちゃ好きなので、そこも楽しかった。

 

舞台は一人称視点に向いてるーNTL『夜中に犬に起こった奇妙な事件』

NTL三本目。『戦火の馬』と同じ日に見た。

クリストファーは数学や物理を解く能力に秀でた自閉症の男の子。ある日、彼が可愛がっていた近所の犬が無惨な姿で殺されてしまう。彼は犯人探しをするなかで、家族や近所の人の秘密を知ることになる。

お芝居の仕掛けがとっても面白い! もう舞台装置がものすごくて、うおあーとテンション上がる。どうすごいかというと、派手なほうのすごいじゃなくて、「こんなふうに光と音だけで表現ってできるんだ!」というすごさ。シンプルなのに全部伝わってくる。舞台の上のほとんど照明やLEDの光、そして音、あとは出てくる人間だけで、イギリスの地下鉄やロンドンの風景、クリストファーの家の近所、そしてなによりクリストファーの見ている世界を映し出してしまうのだ。

たとえばロンドンの長い長いエスカレーターに乗る時、エスカレーターといえば上下運動なのでふつうは舞台上で再現することができない。しかしこの作品は、舞台の床にエスカレーターが動く様子をLEDのパネルで作り出し、クリストファーが寝転びながら演技して、「舞台を上から見たときに、エスカレーターで上から下に動いているように見える」様子を作り出す。……伝わるかしら。

だから配信で見ても舞台セットが面白い!! と思える。エスカレーターのシーンでは配信カメラが上から撮り、終わってクリストファーが立ち上がれば、また配信カメラは横から撮るように戻ったりする。カメラの切り替えのうまさも相まって、いろんな視点をくるくる変えて、舞台という四角の床で最大限できることをしているのが面白い。

なにより、クリストファーという自閉症の子から見た世界を舞台で描いているのがすごい。

私は、小説は一人称視点を描けるメディアで、映画はなんだかんだ三人称視点しか描けないメディアだと思っている。いやこんなこと言ったら怒られそうだが。でも、たとえば映画で一人称を撮ろうとすると、どうしても混乱してしまう。「カメラにはうつってるけど、みんなには見えてない人物」みたいなものが登場する。なんだかフェアじゃなさを感じるじゃないか。でも小説は一人称視点に向いてる。だってそれを描き出す主体がそもそもモノローグだから。そう思っていたのだ。

しかし舞台って、そこにあるのは「主観的にそう見える世界」を作っているわけで。ええと伝わるかな、映像や写真は私たちの目に映るものをそのまんま映してるわけじゃないですか。あなたから見てもわたしから見ても同じように見える風景を映像や写真に収めてるわけで。でも、舞台や小説は、ある主観が必要とする情報のみを文章なり舞台なりに持ってくるでしょう。たとえば主人公と相手とダイニングテーブルが描写あるいは配置されてたら、そこは食卓って言える、でもそれは「それ以外の情報が不必要だ」という情報の取捨選択をしている。となると、主観的に、「その場で語り手に見えてるものだけ」を伝える表現媒体だよなーーと思って。何が言いたいかというと小説と舞台は私にとってすごく一人称の世界を伝えるのに向いてるメディアだなと思う、ということです。はい。

で、自閉症の子から見えてる世界を伝えるのにあたって、小説と舞台はすごく向いているなあと感じた。ともすれば観客が同情したり面倒だと思ったりしそうな場面でも、そうなってない。彼なりの論理があるのがわかるし、彼の視点で世界を見れる。それはとても豊かなことだし、上手いなあなるほどなあ、舞台ってこう使うのか、と納得したのだった。

とにもかくにも馬すごいーNTL『戦火の馬』

ナショナル・シアター・ライブで『戦火の馬』をみてきた。アンコール夏祭り。ありがとうNTL。

本当にすばらしくて、な、なんでいままで見てこなかったんだNTL……としみじみ後悔していた。またやってねアンコール……。

酔った勢いで父親が、せりで買って帰った馬を、アルバートはとても大切にしている。しかし戦争が激化するとともに、馬は軍馬として連れて行かれることになる。アルバートはその馬と一緒に戦うために、自分も志願兵となる。

馬と少年の関係性を中心に、戦争に振り回される人々を描く作品。原作は馬目線で戦争を描く小説らしい。舞台はとくに馬目線というわけではなかったが、主役が馬であることにまったく異論はない。

ほんとうに、兎にも角にも、馬、である。もうこの馬が、パペットなんだけど、ものすごい。パペット技術、やばい。走る馬の毛並みすら見えてきそうなつくり(実際の人形に毛はない)。かなりシンプルな作りに見えるんだけど、月並みな言葉で言えば本当に生きているように見える。いままでみたどんなパペットよりすごかった。

あらすじはわりとシンプルなんだけど、もう、この馬を見るだけで、全編感動するし、見る価値はあるし、最後もグッときてしまう。あとアヒルのパペットも可愛かった……。

これ映画になってるらしいけど、あのパペットなしではたして感動できるんだろうか。みてみたい。あとタイトル見て勝手にトロイア戦争の話だと思い込んでいた。全く違った。

 

最近読んだ漫画メモ(2021/8/29)

最近読んだ漫画たち。めも。漫画大好き。


◯新刊嬉しい勢

どれも大好きな作家さん。砂とアイリス、終わってしまった寂しい。酒井まゆいまだに追いかけているの我ながらびっくりしている。

・『セクシー田中さん』4巻(芦原妃名子)

・『砂とアイリス』5巻(西村しのぶ)

・『ハロー、イノセント』3巻(酒井まゆ)


◯新しいタイトル

・『海が走るエンドロール』1巻(たらちねジョン)、Twitterで流れてきた1話が面白くて読んだのだけど、話はそんなに好みじゃなかった。2巻買うかは不明。

・『青のオーケストラ』(阿久井真)、アプリで全話無料公開してたので一気に読んでしまった。面白かった!オケの部活ってそういや漫画の題材にあんまなってないよね。ヴァイオリンという楽器に私はなぜか畏怖を感じており(なぜなら音感が良くないと弾けないので)、見た目もかっこいいので大好き、これからも読めること楽しみにしてる。マンガワンは『付き合ってあげてもいいかな』だけ追いかけてたんだけど、これも追いかけたい。好き。


◯再読

・『失恋ショコラティエ』(水城せとな)再読。この漫画なぜか大好きで覚えるくらい読んでるのだけど今読み返しても面白い。最近3巻までkindle無料だったから読んだら面白すぎて、実家から送ってもらって、全巻一気読み。チョコレート食べたくなることこの上なし。今読むと仕事論が面白く思える。ソータ26歳なんか、えらいな……。

しかしドラマは石原さとみさんで大ブレイクしてましたが、ほんとのところ漫画のサエコさんはもっと顔面はかわいいけど普通ぽいのに気になる系だと思っている。最近NMBの浅尾桃香ちゃんという女の子を知って、うわーサエコさん実写してほしいーと思った見た目だった。まだ高校生だけど。余談。

文体がいいー『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(金原ひとみ)

マイブーム金原ひとみその2。筆者のパリと東京の生活をそれぞれ綴ったエッセイ。金原ひとみは文体が好きなので何を読んでも面白いです。お得。

一番胸がギュッとするのが、日本の女性蔑視に関する発言。こんなこというと嫌な気持ちになる人がいるかもしれないが、金原ひとみのような、ネットもそんなに精通してなくて(Twitterがんがんやってるタイプでもなく)、そんなにフェミニズムのイメージもなく、というかどちらかというと男性と恋愛することに全てを注いできたような女性が、「日本の男性はどうしてこんなに女性を見下しているのだろう」と書いている場合が一番切なくなる。なんというか、自分の信じるイデオロギーの話ではなく、ほんとうに実感としてそう思うんだな……と感じるからだろうか。読者として。

しかしブレイディみかこさんといい、居酒屋で絡んでくるおじさんはどうしてこうもたくさん存在するのだろう。日本の女性エッセイストはみんな絡まれているのではないだろうかという気にすらなっている。本当になんで?

 

あと「恋愛なしの人生が信じられない」という筆者の発言を読んで、これも世代の話があるのかなあと感じてしまった。なんとなくだけど。最近の小説や漫画に通底する他者不在問題(と私は呼んでいる)、恋愛なしの小説の割合とか統計とったら面白そう。誰かやってけろ。

冷戦からコロナ禍に至るまでのアメリカの対中国スタンスがわかりやすいー『米中対立』(佐橋亮)

アフガニスタンの件で米中関係に興味持って読んだ本。

アメリカが支援した結果今の中国ができたという作者の主張のもと、米中の歴史を紐解く一冊。米中関係といいつつ、ほとんどアメリカ側の説明に終始していたので、中国側のの思惑はそんなに説明されてない印象。

冷戦時のソ連牽制→中国の国際社会貢献期待時代→そして米中対立時代へ、という流れの展開がわかりやすい。個人的にはアメリカの中国への支援ってソ連牽制しか知らなかったので、そんな国際社会への貢献期待モードがあったんだ!? というのが勉強になった。まあゆーてそのうち民主化するっしょ、とアメリカはかなり楽観的だったんだろうか。

 

興味深かったのが、コロナによって、対中国感情と、台湾のポジションがやや影響を受けた点。

あとコロナがこのタイミングでやってきたことって、中国に対するアメリカの世論にかなり影響与えたんだな。もともとトランプ大統領になって米中対立が生まれていたところで追い討ち、というか。

台湾のコロナ対策がうまく行ったことが、台湾の存在感が増す要因のひとつになっているという話があり、それもなるほどと思った。

なんか国とか関係ない疫病がこんなに政治に影響与えてるの、不思議な気がしてくる。うまく言えないけど、コロナがなかったらどうなってたんだろう? って思うというか。

 

アメリカ側の中国に対する政策から政治スタンスを読み解く本だったので、中国側の解説も読んでみたい。

ただの現代切り取りストーリーで終わらんとこが好き『アンソーシャルディスタンス』(金原ひとみ)

マイブーム金原ひとみ

さまざまな依存症にハマる女性たちを描いた短編集。いやーおもしろかったあ。金原ひとみの最近の作品大好き。

題材だけみると、整形やアルコールやコロナや、ドンピシャで今っぽいんだけど。それでも小説がそんなにありふれた感じではないのは、ちゃんと作者が作者自身のテーマを追いかけているからなんだろうな。これが現代女性に寄せて!みたいな話を持ちかけられて書くんだと、もっと面白くない、ただ今っぽいだけの小説になってしまうと思う、

とくにアルコールの話は出色のできではないでしょうか。いまだかつて普通の会社員がアルコール依存症になる様をこんなに的確に描いたことがあったであろうか……記憶が朦朧としてどうでも良くなってくるとことか、もう、「いつか自分もこうなってしまうのでは」的な危機感を覚えない人はいないのでは。アルコールのまなくてもアルコール依存症の気持ちが味わえます、ええ。

あとめっちゃ思うのが、綿矢りさと全然描き方は違うけど根底に流れる価値観や文章観みたいなものが似てて、同世代ってバカにならん……ということだった。ふたりとも今も昔も人間としては全然タイプ違うけど。そしておふたりの小説大好きです。