東京物語

小津安二郎オマージュじゃありません(期待した人はごめん)。

キャラを分けたい2018

ああ、ペンネームがほしかった……。と、ぶっちゃけ5分に1回ほど思う。

 

いや、ちがうのだ。「三宅香帆」という名前に不満があるわけではない。というか三宅香帆という名前自体は私はわりと気に入っている。読み間違えられないし。ええんちゃうのという感じである。

そういう話ではない。

24年間生きてきて、現在インターネットするにしても研究の発表をするにしても大学の友達と話すにしてもおばあちゃんと電話するにしても、基本的には「三宅香帆」のものである。三宅香帆は日々インターネットに10年後見たら目を覆いたくなるような乱文を残し、あまつさえその記録をtwitterだのfacebookだので律儀に毎度ご報告している。いま三宅香帆(身体)が死んだとしたらおそらく今後最も生き延びる自分は23~24歳の三宅香帆であろう。

が、いまこうしてぶんしょうを垂れ流している私は、三宅さんではないのである。

こういうと混乱してくる。日本語が伝わらない。しかしこれは本当なのだ。私は三宅さんではない。

 

――小さなころから、私の中には二人の私がいた。

 

……なんて書くと下手なB級小説(いやC級くらいだな)が始まりそうだが、別に二重人格とかという話でもなく、「三宅って二種類いるんだよなー」という感覚は昔からぼんやりとあった。

どうでもいいですがジュディマリの『小さなころから』って名曲ですよね。

 

混乱を避けるためふたりのことを三宅A、三宅Bと名付ける。彼女たちは姉妹である。

三宅香帆A(姉)は、昔から人といるのが好きなのだが、わりと性格は悪い。というか人を見て戦略を立てるのが好きなのである。しかし基本的なところでぼんやりとしているためその性格の悪さが意外とばれないことが多い(たぶん)。日々とりあえずにこにこしてようと思っており、自信家というかナルシストかつ見栄っ張りである。

三宅香帆B(妹)は、昔からピュアっピュアで、ロマンチストで、陰気で、感傷的である。将来については異様に楽観的であるが、自分に対しては自信がなく、被害者意識に苛まれやすい。常にぼけーっとしているため、物事へ反応するテンポが遅い。さらに情緒不安定なので気分の上がり下がりが激しい。

……説明のために書いた性格説明だが、こう書くとまじで下手な小説の登場人物プロットのようだな。うーむ。

 

まぁ本題に戻ると、基本的に人といる時の三宅はAが担当する。しかし文字を書くときの三宅はBが請け負っているのである。自分業務の中で、Aは外交担当、Bは内省担当、と言ってもいい。

Aが日々三宅として活動してきたところ、これまでBはもそもそと何をしてきたのかというと、主に「小説を読むとき」に登場していた。三宅Bは14歳くらいからあまり成長しておらず(というより「自分の中で14歳の自分を凍結している」という表現のほうが近い)、ロマンチストで陰気なままである。そのため三宅Bはひたすらに物語の摂取を望む。ふだん私が小説を読み続けるのはBへの栄養補給という側面が大きい。

だからこそ、自分が文章を書くとなった時も、Bがのそのそと出てくる。Aはその間基本的におとなしく引っ込んでいる。Bは暴走が激しいため、少々小っ恥ずかしいお話でも書いてしまう。しょうがない、Bは子どもだから。

しかしBが思いの丈を綴ったままだと、文章としてあまりにひとりよがり過ぎたり、いろいろと自意識がそのまま出ていたり、具合が悪いことが多い。そのため大抵、翌朝になって出てきたAがBの書いた文章を添削する。AがBに向かって「おいこの文章はまずいぞだれかを傷つけるぞ」とか「おいこの文章はあまりにも自意識が出すぎだぞ」とか「ばかやろうこんなこと書いたら嫌われるじゃないの」とか文句をつける。

しかしこの際、Aの意見が通るのは3分の1ほどである。Bは自信がないため渾身の文章を削られても黙っているのだが、AはなんだかんだBという妹がかわいいがため、「しゃーない、ちょっとアレだけど、まぁこの文章は残すか……」と思ったりするのである。Aはこう見えていいやつなのだ。性格は悪いけど。

 

私の文章は基本的にBが執筆担当、Aが添削担当という構成で成立している。論文を書くときもブログや書評を書くときも一緒だ。Bに暴走させ、Aが止める。あくまで作者はBだ。

そんなわけで、大学の友人に「三宅の文章を読んだよ~」と言われると、「いやちがうんだよアレを書いたのは、君の知ってる私(姉)じゃなくて(妹)なんだよ……!」と言いたくなる。書いたのは君の前にいる私じゃないっ。しかし頬を引きつらせながら私は「ありがとう……」と曖昧に笑う。

 

余談。この話だけでも十二分にアブない話だけど(※ちなみにこういう文言を付け加えるのがAの仕事である)、もっとアブない話をすると、自分の心の中には「少年だった場合の三宅(12)」とか「まだ若いつもりの老婆である三宅(72)」とか「少女時代の三宅(11)」とか6歳くらいから70代くらいまでの自分が住んでいるという感覚があるのだけど、まぁそれは本題とずれるため話は割愛する……。物語を読みすぎると様々な人格が生まれるのがいいところですね。

 

そんなわけで、長いあいだ、AとBはなかよく役割分担してきたのである。仲良し姉妹であり、ふたりはうまくいっていた。うまくやってきたのだ。

これまでは。

 

しかし最近、具合が変わってきた。本格的に大学院生活を過ごすにつれ、人と話す時間が人生の中でこれ以上ないくらい極端に減った。こうして「三宅香帆」としてあれこれ文章を書く機会も増え、歌を読んで論文を仕上げなくてはならない。こうして日々、研究に文章に打ち込むうちに……最近、あまりに、三宅Bの存在感が増してきているのである。

これまで、小説を読んだりするときくらいしか出番がなかったのに! まじかよB。いきなり労働時間が増えたよB。

すると、こうなって拗ねるのは、Aである。ここ1年三宅本体がひとりでする作業が増え、Bが稼働しっぱなしであるため、Aはマジ暇なのだ。これまで様々な外交を引き受け、ほぼ働きっぱなしだったのに。ずっと人生を請け負ってきたのはAだったのに。Aの全然仕事がなくなってしまった。ワーキングプアもといニートである。おとなしくしてるしかない。

するとどうなるか。

 

「ねえ、大丈夫だよ! こっちの文章にしたほうがいい印象になるって!」

 

このところ、頻繁にAはBへ囁く。

これまではかわいい妹のBがどうにかうまいことできるよう尽力していたAであるが、めちゃくちゃ暇になってしまったため、自分の力を行使できるよう自らがんがん動いている。Aはそもそも働き者なので、自分から仕事をとってくる主義なのである。えらすぎかよ。

文章を書くときも、Aは添削するだけでなくおのれの書く量を増やしてゆく。するとAの表現がどんどん増えてゆく。

Bは、まぁどうせ文章もおねーちゃんのほうがうまくやれるもんな……とぼんやり委ねる。自分の文章なんて、所詮は中二病の産物である。そんなことくらい知っている。

 

「ね、ほら、私に任せて!」

 

AはにこにこしながらBからペンを奪う。Bはぼんやりとそれを見ている。

Aの存在感はどんどん増してゆく。うまいこと書けるように、ちゃんときちんとした文章を書けるように。

侵食されてゆく。

 

 

のが、現在である。

お分かりであろうか。いや分かんないっすかね。まぁそういう感じなのである。

私は思う。Aよ、お前、暇だったんだな……。そりゃまぁ24歳にして隠居を薦められたら泣くよな……。

そんなわけで、ペンネームがほしかった。やっとここの話に戻れる。そう、私はちゃんとAとBを分けたかった。Bに名前を与え、Aとはちがう人物なんだよお前はと言ってやりたかった。Aに、Bが動けるようになるにはきみの力が必要なんだよ、と撫でてやりたかった。実はおねーちゃんのほうが気にしいなのだ。

しかしこればっかりは仕方がない。ペンネームが欲しかったといえど、たぶんペンネームを使って書いたら今の文章は書けない。私は、AもBも使って三宅香帆を構築してゆくしかないのである。

今更分けられたりなんかしない。たぶんAもBもいることが必要なのである、三宅香帆には。ほら、シスターフッドものも流行ってるし。関係ないな。

しかしAもBも生まれた時から一緒にいたのだ、もはや離れることもどっちを殺すこともできないのである。たぶん。三宅は三宅なのだ。……なんの悟りなんだろうか。

 

 

この日記に結論はない。たぶん結論は出せない。この先AとBがいかに和解するのか、あるいは殺し合うのか、私には分からない。私はAでもBでもないからである(じゃあだれなんだ?)。

しかしどうにかAもBも暇を持て余さず、楽しく毎日を過ごしてくれ、と、三宅香帆(本体と名づけておきますかね)としては望むばかりである。

 

 

……ここで最初に「※今回の話はいつもにもまして中二病っぽいです」とか注釈をつけたがるのがAの仕業なんだよな、わかってるよ、A。ほったらかしてごめんな。でもちょっとその注釈は置いとけよって話だ。

 

ふたりのロッテ (岩波少年文庫)

ふたりのロッテ (岩波少年文庫)

 

 双子ものだったら『ふたりのロッテ』がいちばん好きです。

京大の吉田寮をモデルにしたドラマ『ワンダーウォール』を見た(あるいは敵のいない物語の作り方)

この世にはどうしたって物語になる人とそうでない人がいて、もっというと、物語になる物語と物語にならない物語がある。

本当だ。

いや、この世はみんながそれぞれ主人公なんだよ、という言葉もある。その主張に異を唱えようとは思わない。実際みんなそれぞれ主人公な時もあれば脇役になる時もある。けど、それでもやっぱり、望もうと望むまいとなぜか物語の主人公になってしまう人はいるんじゃないかなーと思っている。なんだろう、能力とか性格とかの問題じゃないのだ。

もちろん、物語になる/ならないということと幸せの有無に相関は、ない。

 

 

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与太話は置いておいて(いやこっからも与太話のようなものですが)、先日、『ワンダーウォール』というドラマを見た。

京大の吉田寮の話だ。吉田寮のドラマができると聞いたとき「面白そう」と思ったけれど、なんと脚本家が渡辺あやさんっていうじゃないですか!!! 私は『カーネーション』を朝ドラで見て以来渡辺脚本の大ファンなのである……。『天然コケッコー』も『合葬』も『火の魚』もその他諸々も大好き。

ドラマを見てみると、私自身やっぱり渡辺あやさんの脚本が好きなのもあって、面白かった。成海璃子が京大文学部インド古典哲学の研究室にいた」という設定が個人的にハイライトだった。いてほしい。

ドラマのつくりはまるでドキュメンタリーかと思うくらい、吉田寮取り壊し問題をめぐる対立、雰囲気がそのまんま描かれていた。まぁ私は正直吉田寮についてほぼ知識がないので、実際「そのまんま」なのか、リアルなのかどうかは分からない。けれど京大界隈のツイッターで「だいぶ取材したみたいですね」「あんな感じだ」「そのまんまだ」とかいう意見をちらほら見たので、たぶんリアルだったんだろう。

 

けど、見ててつくづく思ったのが、「物語になる」ってなんなんだろうなー、ということだった。

いやぁ、京大、つーか吉田寮、そこにいるだけで物語になるのだよな。ほんとに。

 

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インド古典哲学な成海璃子……。

 

当然の話だが、すぐれた脚本や芸術というのは、なんでもない日常をよき物語として切り取る。切り取り方が作家性として表象される。上手なエッセイストさんがなんでもないことを面白く書けるのはそこに技術があるからだ。

『ワンダーウォール』も、なんでもない寮の風景が、渡辺あやさんの脚本によって良い物語になっていた。いやー寮生の微妙な会話とか、突然挿入されるお茶のシーンとか、脚本じょうず~~~とほれぼれした。

でも、なんていうか、これが「吉田寮」じゃなければ、たとえ「日本最古の寮」という条件があったとしても、ドキュメンタリー風に彼らとその場所をうつすことが物語になるとは限らないんじゃないかな、と思ったのだ。

もちろん今回のドラマは伝統のある寮の取り壊しをめぐる葛藤がそこにあって、それは非常に重大で大切な軋轢があって、そりゃ物語になるのも分かるんだけど。

でもやっぱりさぁ、京都とか京大とか吉田寮とかそこにいる彼ら、やたらめったら、物語に、なるよ!!!! 物語力、強いよ!!!! 今勝手に作った造語、物語力!!!!

 

 

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寮と対立する学生課の受付に「壁」ができた、というのが物語のはじまりだった。

 

これは完全になんとなくの雑感なのだが、今、みんな、物語を欲しがっているような気がする。

自分の人生や日常が、なんらかの物語であってほしい。SNSのせいなのか個人がスポットライトを当てることが多いからなのか分からないけれど、みんな自分に何らかの物語が欲しいのだ。それは昔からそうだろうと言われればそれまでだけど、最近とくにそういう傾向があるように感じる。まぁその「物語力」があったところで京大生や吉田寮が憧れられるわけじゃないけどさ……。

 

じゃあ、物語はどうしたら生まれるのだろう?

――一番分かりやすい物語をつくる方法は、「敵」をつくることだ、と思う。

敵がいれば、その敵に立ち向かうようなストーリーが生まれる。倒そうとする悪がいれば、その敵に向かっていくという物語が生まれる。うん、ドラマチックである。

だけど実際。私たちの周りに「敵」がいることは、案外少ない。

実は、私たちの前には、敵ではなく「壁」があることのほうが多い。

そう、『ワンダーウォール』というタイトルにもあるとおり。

 

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友達と「あんなしゅっとした京大生いない……」と喋った。しかし俳優さんは画面の端々からみずみずしさが滴るような方ばかりだった。すごい。

 

この世には、そうそう、敵なんていない。完璧な悪なんていない。大人になってからは、バイキンマンですら世界には必要であることが知らされる。敵とみなされるやつなんて大抵はスケープゴートである。

だから困る。わかりやすい敵がいたなら、そこに物語なんて簡単に生まれるのに。

反対に、みんな壁には抗い難い。なぜなら壁は私たちを守ってくれたりもするからである。権力は尊い。えらい。しかし壁に守られたままだと、結局私たちは絶望し始める。どこにもいけないからだ。やりたいことがやれない。

そのなかで、誰かが私たちを取り囲む壁に「息苦しいなァ」と気づいて、そこに追突していくようなことが起こった時――それは、私たちの物語になるのだろう。

 

軋轢があって、弱くて、壁なんかまぁ勝ちようがなくて、けどそこにユーモアだったり知恵だったり壁の一部になる権力だったりを使ったりして、なんとかかんとかやってく。うちに、もしかしたら壁が崩れるかもしれない。崩れないかもしれないけど。

ってのが、ひとつの物語になる。

敵は、そこにはいないけど。たしかに倒すべき壁があるから。

 

 

 物語を欲しすぎると、人は勝手に敵をつくり始める。まぁそれが一番わかりやすい物語だから。ヤマトタケルオデュッセイアも敵を倒す話である。敵は敵認定をすると頭の中で敵になる。

けど、実際に一番倒すべきは、特定の個人である敵ではなかったりする。壁を作り出した構図そのもの、社会とか権力とかもっと大きなもの自体を倒すのがほんとうだったりする。

そんなわけで、吉田寮の取り壊し問題を「壁」に寮生が立ち向かうことに葛藤する物語として描いた『ワンダーウォール』は、寮と教授陣の話に見せかけて、個人と権力の話なんだよな……。と、その物語のあざやかさに私は改めてほれぼれするのであった。

 

 

 

人生は物語になんかならなくていい。平和がいちばんいい。きわめて穏当な波に乗ってくのが一番だ。壁のなかで守られてこ! と、基本的に日和見主義な私は思う。

けど一方で、壁がそこにあったら、息苦しさも閉塞感も軋轢も不自由も生まれる。だから、その壁を倒しきるのは無理だとしても、壁にむかって摩擦を叫ぶくらいは、ゆるされるべきだと思う。でも大抵、摩擦は嫌がられる。めんどくせーから。空気を読まないから。

だけどその摩擦をゆるしてくれる場所がもう少し増えるくらい、いろいろ余裕のある寛容な社会になればいいのにな……と、私は思う。

 

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余裕のないとき、人は人の不機嫌をゆるせない。

だからこそ、摩擦をゆるしてくれるところには、物語が生まれるのだと、私は思う。

実年齢24歳にもなるのに未だに自意識が13歳

人生、24年目である。

正直、分からない。ここ数年、自分の年齢に全然しっくりいってない。自分がもっと年取ってていい気がするし、逆に自分がもっと若くてもいいはずだという気もする(なんて図々しい発言なんだ)。23歳とか24歳ってみんなこんなふうに微妙に過ごすものなのだろうか。私が毎日ぼんやり過ごし過ぎて年齢に自意識が追いついてないだけなのか。

そう、自意識。

全然、年齢に追いついていない。自意識。なぜだろう。ふだん京都とかいうゆるい土地にいるからだろうか。大学とかいう永遠のネバーランドにいるからなのか。とにかく、自意識が年齢に見合ったものである気がしない。

 

何の話かっていうと、突然ながら、私には「発するのが恥ずかしい言葉」というのが数多く存在していることを告白したい。

私の自意識が邪魔をしてしまい、「どうにか別の言葉に変えたい」と身をよじってしまう言葉たちである。

これを発している自分が恥ずかしい、とか、なんか口にすることができない、と思えてしょうがない言葉たち。大人になればそんな自意識も減って気にならなくなってくるものなのかと思ってたけれど、やっぱり今も恥ずかしい。自意識が幼いからだろう。ぎゃあ。

というわけで今回は、突如発するのが恥ずかしい羅列をいたします。みなさんもありますかね、発するのが恥ずかしい言葉たち。はい、行きますよ。

 

 

 

 

マクド

「ド」がきびしい。恥ずかしい。

関西では「マクドナルド」のことを「マクド」と言うのだけど、自分も関西に来たことだし郷に入ってはなんとやらというわけでこれを言おうとしたのだけど、きびしい。

理由は分かっている。この「マクド」という言葉を脳内で再生すると、私の場合、妹(六歳下)が「マクドよー」と発音する声で再生されるのである。不思議だ。「マクドよー」私は彼女の口から「マクド」という言葉を聞いたことはないはずである。妹は私と同じく高知県出身であるから。なのに脳内再生がなぜ妹の声なのか。分からない。

だがおかげで「マクド」という言葉は若者言葉である、というイメージが植え付けられてしまった。女子高生じゃないんだから、と慎んでしまう。ちなみに土佐弁では標準語の「~ってさー」と同じ用法で「~ってよー」と言う。

 

ロイヤルミルクティ

「ミルクティー」なら普通に発せられるし、「ロイヤルミルクティー」も飲み物としては好き。けど発音としての「ロイヤルミルクティー」が、なんかこう、なんなのさ、なんだよう、言えない。ロイヤルってあなた、ロイヤルって。恥ずかしいぞ奥さん。ろい、という口の動きにもにょもにょしてしまう。ちなみにこの羞恥心は某・焔の錬金術師とは関係ないはずである。

だって意味として「ロイヤル」は既に高貴なのに、発音までラ行とヤ行と母音ってのがあまりにも高貴っぽく気取って見えてしまう。庶民的なカ行とかサ行とは一線を画した何かを感じてしまう。うぎゃっと冷や汗かく。庶民だからね。ただ今気づいたけど字面は大丈夫だ。あくまで発音の問題ですね……。

 

・つぶやく

これはあれです、「ツイッター上で何かを言う」って意味の動詞としての語彙です。

だって「ツイッター」のは固有名詞だし、私たちはTwitter社の作ったアプリを使って遊んでいるだけなのだ。しかしそれを「つぶやく」と表現するのが、あまりにも違和感がある。つぶやく、というのは昔からあった日本語である。声を発する意。なのにツイッターという固有名詞から派生してしまっていいのか。いいのかほんとに。グローバル資本主義に屈服してしまってないか。むりだ。私には「ツイッターで遊ぶ」ことと「つぶやく」を繋げられない。

だってつぶやくったって絶対他人がいるじゃんつぶやいてねぇ! はい、次。

 

 

キュロットスカート

分かる人には分かる、見た目はスカート、中身はズボンっていうアレである。

これを初めて思ったのはたしか小学二年生くらいの時だ。キュロットスカート(恥ずかしい)は小学生女子にとっては大変便利なシロモノだった。なぜならズボンだから遊ぶときもあれこれ気にしなくていいし、けど見た目はスカートだから可愛い、という一石二鳥っぷり。

けどこの名前は恥ずかしくないですか? きゅろっと、て。羞恥心を覚えていた小学生、絶対いっぱいいたはずだ。親に「キュロット買って」。言えるけど言えない。きゅろっと。まぁ今思えば小学生が言うきゅろっとすかーと、なんて可愛いもんだと思いますけど。今もあるんだろうか、きゅろっと。きゅろっと。穂村弘の短歌に出てきそうな単語だな。きゅろっと。

 

・現社

その昔、高校生の時に習った「現代社会」の略。

なんで中高時代ってあんなに何でも略したかったんだろう……。KY、とかの略語が流行ったのもあの頃だった。「ゲンシャ」って言葉の響きが、いかにも「科目名は略すという法則に従って略しました」という感じがあって恥ずかしかった。「現国」は分かる。言葉もしっくりくる。げんこく。うん、響きもいい。けど「現社」はだめだ……。げんしゃ。あまりにも尻切れトンボ。魔女のキキもびっくりな略しっぷり。

 

・原稿

もう第一位にしてもいい。めちゃくちゃ恥ずかしい。素直に恥ずかしい。むかし土曜に家族で見ていた恋愛ドラマに出てくるこっぱずかしいやめてほしい台詞みたいな存在。

私は「原稿」という言葉を使うのが異様に恥ずかしい。

なんかこうそこはかとない「作家の先生っぽさ」があるからだろうか。私の中にはいまだに13歳の自分がのそっと居座っているのだけど、13歳の自分から「作家でもなんでもないてめえが原稿なんていう高尚な言葉を使うんじゃねえ!」というツッコミが入る。そのとおりでございます。恥ずかしい。いまこれ打っただけでもふくらはぎが痙攣しそうである。原稿。おう。同じ理由で「執筆」とか死んでも言えない。

でも分かっているんですよ……。これを恥ずかしがってるお前が一番恥ずかしいわ! その通りだ。知ってるんだ。そんなところに自意識を持つ自分がそもそも恥ずかしい。わかっている。

しかし私の自意識はいまだに13歳なのだ。なにくわない顔なんてできないんだもん! もんとか言ってしまった。

ただこの言葉を使わないとすればお前がいつも編集者さんに送らせて頂いているwordファイルは何者なんだ、という話なので、メールではちゃんと「原稿」を使う。13歳の私に対する24歳の勝利だ。おとといきやがれ13歳、大人になるとはそういうことだ。*1

 

 

 

なんで恥ずかしい言葉をこんなに羅列してるんだ私は、と、度々疑問符が飛び出てきましたけれども。

でも、こういう羞恥心も、もうあと一年もすれば消えてくのかな……。恥ずかしいってわめくこと自体、今の若気の至りなのかな……。と、こないだ突然河原町サンマルクでしんみりしてしまった。

昔は無理だったけど今はもう大丈夫なことって世の中にたくさんある。無理なことをどんどん失って私たちは大人になるのだろう。

というわけで今のうちに記録しておいた次第です。おそまつさまでございました。

一年後の私がこのブログを読み返し「うふふ、あんなマクドとか原稿って言葉くらいで恥ずかしがっちゃって」と微笑むマダムになっていることを切に願う。ふふふふふふ。

*1:私は早生まれだったため「中ニ」というとほぼ「13歳」だったため、今も心に居座る中二病の自分を13歳と名づけている。

「読むって、簡単なことじゃないんだよ」

物理の研究者は頑張ったらノーベル物理賞をとれるけれど、文学の研究者は頑張ってもノーベル文学賞をとることはできない。

と、いうのは笑えるんだか笑えないんだかよく分からないジョークである。まぁ、ジョークっつーか真実なのだけど。

 

大学院で文学研究をしてます、なんて言うと、「へえー」と目を見開かれて終わる。文学研究ってほんと何してるかわかんないですよねぇ。と、私は心の中で苦笑してから、次の話題にうつる。それは自虐でもなんでもない。正直、文学を研究するという行為が一体何をしているのか、自分でも明確な輪郭を与えきれてなくてはっきり答えきれないところがあるからだ。胸をはってどや顔するにはちょっと後ろめたい。私は。親に大学院にまで行かせてもらって、国にお金を出してもらって建てられた大学に通って、どういうこっちゃねん、と誰かに怒られそうだけど。

結局、みんなの疑問はここに尽きる。

「文学って、わざわざ研究しなきゃ分からないものなの?」

だって本屋に行けば夏目漱石の小説を309円出せば読める(※『坊ちゃん』新潮文庫)し、私の研究してる萬葉集岩波文庫版を解説付きですぐに読める。*1外国の文学だって、翻訳者は必要だろうが、研究者はなぜ必要なのか。文学研究は何をもって世の役に立っているのか。

大抵、こんな疑問を投げかけると研究者自身が「役に立つとか立たないとか、そんな観点で学問を見るんじゃない!」と逆ギレし始める。ま、分かる。そりゃあ研究者自身、不安だからだ。我々が必要かどうかなんて、実際に絶滅してみなきゃ分からない。当然だ。こわい。誰だって「あなたはこの世界に必要?」なんて純粋な瞳で聞かれたら泣きたくなるのが人情だろう。

だけど、それでも、私たちは文学に惹かれて、なんかここに探さなきゃいけないものがある、って思って、しまうのである。

 

 

散々いろんなところで言ってきたが、私は小説だの物語だの文学だのが大好きである。正直ずっと本を読んで書いてするだけで暮らしていければいいのにな~と今も真剣に願っている。脳内お花畑である。ぱっぱらぱーだ。

本を読むことそれ自体は、大学に入る前から好きだった。けど、大学に入らなかったら、というか京大文学部に入らなかったら、私は「ふつーに本が好き」で終わっていたんじゃないかな。というぼんやりとした予感がある。少なくとも書評本を出すなんて行為には至らなかっただろう。

大学に入ってから、古典が好きだし国文学勉強したいなぁと思って受けた専門の授業は面白かった。レポートを書くのもわりと好きな行為であることに早々に気づいた。勉強の本や論文を読んだり集めたりするのはもっと楽しかった。

だけど、院に行くほど頭はよくないよな、と思った(これについては今も思っている)。就活してふつうに生きよう。がんばってお金を稼ぐのである。そう覚悟していた矢先のことだった。

わすれもしない学部四回生の春である。桜も散り終わったかという頃、とある文学研究者の先生の授業を受けた。

 

「読むって、簡単なことじゃないんだよ」

 

それは初回のガイダンス授業でその先生が言った台詞で、四回生の春から今に至るまで、私が先生から教わっているのはただひとつこのことだけだ。

――読むって、簡単なことじゃないんだよ。

この言葉を思い出すと、私は呪いという言葉を連想する。なんだか物騒であるが。人の人生を決めてしまう縛ってしまう言葉、というのがこの世には存在するけれど、確実にこの言葉は私にとってひとつの呪いだ。愛しき呪いなのか、忌まわしき呪いなのか、それは今の私には分からない。

読むって、簡単なことじゃない。

この言葉が真実であると知ったのは、その授業が始まってからだった。自分が読んでいたものは何だったんだろう、と、心から驚いて悔しくなった。だって自分が読んだことのある小説たちが、くるりくるり、とあまりにも姿を変えて迫るのだ。授業で先生の読みを通して提示された小説は、私がすでに読んでいたその小説と、タイトルと内容が同じだけの、全く違うシロモノだった。

もちろん、先生が読んだ小説のほうが、ずっとずっと美しくて切なくて面白かった。

 

 

「誰が読んだか」によって、書かれたものは全く違うものになる。と、知ったのは大学の授業を通してだった。私たちは同じ文章を読んでいるように見えて、誰が読んだかによってそこから受け取る情報は全く別物になり得る。

たとえば、同じ人を見ていても、「今日はメイク変えたね」とか「あの子元気ないね」とか気づく人がいる。違和感に気づく。そして「どうしたのかな」と思考にうつす。それができる人と、できない人がいる。

文学も同じだ。同じ言葉の羅列を見ていても、「なんだろうこの部分」とか「変だな、この句。なんでこう書かれてあるんだろう」とか気づく人と気づかない人がいる。そこから何かを深く際どく読み取れる人とそうでない人がいる。

その違いを、先生はいつも、「読める人」「読めない人」と、言う。

私はいつも世界で一番読める人になりたくて、けど、その違和感に気づけているのかどうか自分では分からない。大抵、私よりも読める人が論文や批評で「ここって……」と指摘して「うげ、そこ読めてなかった」と気づく。

 

書くことに比べたら読むことは簡単そうに見える。いつも。視界に言葉が入っていたらそれは読めているように感じる。語彙が分かっていたら、文法が分かっていたら、私たちはものを読めるように思う。文章というのは、単に文法に沿って言葉が羅列されているだけのように思う。

だけど実はちがう。きちんと読もうとすると、明確に、誰の文章もでこぼこしている。どこかに調子が乱れるところがあって、整っているところがある。基本的に文章というものは、いつも何かを隠していて、だけど何かに気づかれたがっている。文学は、言葉は、もっともっと色んなひとにきちんと読まれたがっているように見える。言葉自体が、泣く以外に言葉を持たない赤ん坊のように見える。

 

……まぁ、そう見えるのだと言えるようになったのは、京大の先生方のご指導の賜物なのですが。

 

 

「読むこと」にも実は技術がいる。読み方を知っていても、深く読めているとは限らない。たとえばピアノの弾き方を知ってる人が沢山いても、楽譜を深く理解してピアノを上手く弾けるプロは少数であるように。

だからこそ少数ながら「読むプロ」というものはこの世に存在するし、文学研究者というのは、そういう修行をする人種なのだ。

つまりは文学部って、音大みたいなもんなのだろう。

 

どんなに美しい楽譜があっても、美しく演奏する人がいなくては、美しい曲として聴くことはできない。

私はそんな言葉を信じて、今日も大学に向かう。この世には沢山のもっと美しい演奏をされ得る文学が、言葉が、あるはずなのだ。文学たちは、もっとその美しさを、切なさを、面白さを理解されたがってるはずなのだ。たぶん。

楽譜を演奏するだけなら誰にでもできる。簡単そうに見える。でも、簡単じゃない。簡単じゃないのだ、残念ながら。もうちょっと研究が必要なのだ。

 

 

もしも簡単だったら、いつだって私は京都を出ていけるのに、ね。

 

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*1:ちなみに京大の先生が編集陣にいるからみんな買ってね。

 

万葉集(一) (岩波文庫)

万葉集(一) (岩波文庫)

 

 

場所の記憶はいつもなぜか重層的(あるいは女の子デートの思い出)

時間というものは線上に流れているものではなく、浮かんでいるものである。

と、最初に言っていたのは、だれだっただろう。

たしか恩田陸のエッセイか小説だったと思う。が、どこで読んだのか忘れてしまった。こないだ読んだ萩尾望都特集冊子に恩田陸が寄せたエッセイで同じようなことを述べていたので、たぶん恩田陸がどこかで書いた断片を私が記憶したのだろう。

時間は浮かんでいる。そしてもっというとーー重なる、ものである。

と、私は勝手に思い込んでいる。

SFとか物理とか哲学とか色んな本をもっと読めばちゃんと説明できるのかもしれない。キリスト世界的感覚とヘブライ世界感覚というのがこの世にはあって、現在メジャーじゃないが後者の感覚に日本人は近い……という話も昔読んだ。*1けど、私は「時間」そのものがどう動いているかにはあんまり興味がない。個人的には、時間じゃなくて、記憶とか思い出とか、要は「自分の中の過去」や「自分の中の時間」がどうなってるのか、のほうに興味がある。

自分が過去に経験したこと、抱いた感情、それから記憶している思い出。それが私たちの中で、どういうふうに保存されてどういうふうに消されて、なにによってもういちど思い出されるのだろう。

思い出はぷかぷか浮かんでいるが、時に消えて弾けて、またよみがえる。

 

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気がつけばもうすぐ祇園祭の季節である。はやすぎ。

先日、東京にいる友達がふらっと遊びにやってきた。

大学時代をたっぷり京都で過ごした彼女とごはんを食べるべく、祇園四条に集合……と思いきや、ごはんもそこそこに、彼女は急に「八坂神社に行こうよ」と言ってきた。

なぜこの期に及んで八坂神社。いまさら京都観光って身分でもないだろーにきみ。

私が笑うと、彼女は「いや実は今日の京都巡りのテーマは」と言った。

「いろいろ忘れたい思い出を、香帆ちゃんで上書きする、ってのが目的ですから!!」

 

要は、彼女が京都で過ごした思い出の場所を巡り、彼女が「あああなつかしい」というのを私はひたすら横で聞く、というのがその日のコンセプトらしかった。

なぜその立ち位置に私、つーか完全にわたし失恋した後の当て馬不憫ポジション!

と笑いながら、いいよいこうよ、と、二人で30度を超える蒸し暑い京都をてろてろ歩いた。

 

「このバーで、すっごい好きだったけど付き合わなかった人と飲んだんだよね」

「えーいいねぇわくわくするやん、どんな会話したの」

「なんか、どこからが浮気のラインか~とかそういう話」

「どこからが浮気なんですかおねーさん」

「私は何て答えたか忘れたけど、その時、彼が『彼女だったら他の男と喋ってるだけでちょっといらっとする』って言ってて、めっちゃかわいいと思った」

「あーかわいい、でもそれ男の人だから許される発言って感じ~なんでだろうね」

「女の人だとメンヘラっぽくなるねたしかに」

  

 

八坂神社で彼女が元彼と撮った写真と同じ構図で私たちの写真を撮る、とか、元彼とよくデートした道を私たちで歩く、とか、そういうことをしていきながら彼女の話を聞く。

 

そのうちに、暑さのせいだろうか、私はどんどん不思議な感覚に覆われていった。

 

たとえば八坂神社を見て、私はむかし八坂神社に来た時のことを思い出す。ああ屋台あったけど案外割高でスルーしたなぁ、とか、神社でおみくじ引いたけどそのあと結局結んだっけどうだっけ、と。

だけど横では彼女が自分の思い出をぱらぱら話してゆく。ここでおみくじ引いてさぁ、そんで写真撮ってさぁ。

すると、自分の思い出と、他人の思い出が、へんに重なって溶けてく感じがする。

あ、暑さのせいだろうか。

 

街を歩いて、「ここでご飯食べてさ」「この時めっちゃ楽しくて」「ここで泣いて」とかいう発言を聞くたび、他人の思い出が自分の思い出と重なってゆく。

だって彼女にとっての思い出の場所は、私にとっての思い出の場所なのだ。同じ京都で同じ大学生活を過ごしたのだから、そりゃ同じ道を何度も歩いているはずである。京都の大学生が大概デートしたり友人と飲んだり誰かと歩く道なんて、ほぼ変わらない。「あー私も行ったこのお店」「ここたしかに男の子と行くにはいいよね」とか相槌をうつようになる。

変な感じ。

 

 

「場所」にまつわる記憶は、当たり前だけど人によってちがう。だけど、その記憶を思い出す「場所」は、当たり前だけど同じ場だ。

すると、私の思い出まで彼女の思い出に重なってくるように見える。

 

思い出は重なる。そんで、今日のことも、たぶん思い出に変わる。

 

混乱してきた。

 

 

 

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三条大橋は日除けがなくて暑い。人が多くてさらに暑い。

 

東京という町は、場所によってさまざまな時代が見られ、それらがつぎはぎのようなモザイク状になっている町だ。しかし、京都は同じくさまざまな時代が見られるのだが、それはミルフィーユのごとく底の方から重層的に積み重なっているのだ。(『小説以外』新潮文庫p48)

恩田陸がエッセイで、京都のことをこう述べていた。私はこの文章を京都に来る前に読んでおり、この捉え方に完全に洗脳されているのだが、やっぱりそうだよな、と思う。

個人単位でも場所の思い出って重なるのに、京都って街はたしかに時代単位で重なり合わせている。

私自身も、彼女も、京都の重なってゆく地層のいちぶだ。

 

 

カフェとか、居酒屋とか、神社とか、小道とか、川辺とか。

場所から浮かんでくる思い出がある。

場所から浮かんでくる思い出は、ものすごく断片的で不連続でそしてどんどん重なってゆく。

 

彼と行ったカフェ、は、彼女と行ったカフェ、になって記憶が曖昧になって重なる。

 

 

 

今日も私は京都で過ごす。たぶんいつか思い出になる。

 

街は忘れていた思い出を連れてくる。「あ、ここ、前に来たな」と思って、だけどその思ったこともまたいつか思い出になって、そうして、街や場所の記憶は重なってゆく。

 

先日彼女と歩いた京都の街を、今日、こうやってブログに残して思い出す。

 

でもそれって本当に私が歩いた街の記憶なんだろうか。

誰かに言われて自分の記憶だと思い込んだり、小説で読んだものを自分の記憶だと勘違いしたり、他人との記憶が溶けて重なってできたなにかじゃないのだろうか。

むわっとしたこの京都の気候によって生まれたなにかなのではないのか??

 

 

「このカフェ、今までの人生でいちばん好きだった人と来て、彼を好きなった場所なんだぁ」

 

あれ、これ彼女の発言だっけ、私の発言だっけ。

私の思い出? それとも彼女の思い出? 

それとも全然ちがう誰かの思い出?

 

ほんとに?

 

記憶は重なって、いつも混乱している。

 

 

萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母(文藝別冊)

萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母(文藝別冊)

 

 恩田陸のエッセイ、確認したら「時間も空間も連続してない」だった。

 

日本文化における時間と空間

日本文化における時間と空間

 

 とっても読みやすいので日本人の感覚みたいな話を読みたい人はぜひ。

 

小説以外(新潮文庫)

小説以外(新潮文庫)

 

 影響を受けすぎてつらい。

 

 

*1:『日本文化における時間と空間』『時間の比較社会学』、面白いのでおすすめ。

その本棚に潰されなくとも

昨日の朝、がたがたっ、と私の横が揺れた。

なんじゃらほいと思って顔をあげると、揺れていたのは私の頭の前にある大きな本棚だった。

そして本が二冊ほどジャンプするみたいに、飛び出していった。

ひゃーすごい、と思うも束の間、自分も揺れていることに気づいた――くらいのタイミングで、揺れなくなった。

 

なんだこれは。地震か。地震だ。

そう思って目の前の本棚を見つめた。体育座りでパンを食べていた私の横には、本がぎっしりと詰まった、背丈よりも大きい本棚があった。めっちゃ普通に揺れていた、のだ。さっきまで。

わ-、これでもしこの本棚が倒れてきてたら、完全に私直撃じゃないですか!

 

と思って、のそのそと本を二冊拾ったところで、ふと、既視感を覚えた。

なんかこれ、前もあったぞ、と。

 

 

 

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我が家の本棚の一部。ひつじの名前はベルカ(@古川日出男)です。



スマホツイッターとラインを開く。そのうちに思い出した。

七年前だ。

 

 

東日本大震災の時、私は地元の高知県にいた。

高校二年生だ。もうすぐ高校三年生になろーかという季節。たしか、当時の私の「志望校」であったところの京大入試でyahoo!知恵袋に入試問題が投稿される、というけったいな事件が収束した頃合いだった。*1

期末テストの期間で、だから午後の割とはやい時間に図書室にいたのだ。もちろん図書室へ勉強しに行ったわけではない。趣味の本を借りていたのである。今にして思えば勉強しろよとツッコむ。うーん期末テストはちゃんと終わっていたのだろうか……。

しかしその日、もちろん高知県は揺れなかった。東北で大変な地震が起きたことなんて、気づかない。図書室で私が本を選んでいると、「ピンポーン」と校内放送が鳴った。

「東北で大きな地震が起こりました、津波の心配がありますので全校生徒は速やかに帰宅してください」

――その放送を聞いた時の風景を、私は今でも鮮明に覚えている。

 

私は学校の図書室の、大きな大きな棚の、村上春樹全集の前にいたのである。

その時の一瞬、にわかに思った。

「ああこの瞬間起こった地震の場所が高知だったなら、私はこの本棚に潰されて死んでたのかもな」と。

 

 

結局、図書室の司書さんに急かされながら選んだ『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を借りて帰った。

 

 

その時、私は当時の東日本の凄まじい状況など何も知らなかった。ほんとうに何も。帰ってからテレビをつけて驚いた。

あの時見た、終わらないニュースの風景。そのテレビを青ざめながら見ていた母親の横顔とか、異様なまでに流れる「ぽぽぽ~ん」のCMとか、私はたぶん一生忘れないだろう。

だけどその記憶以上に、図書室で感じた「あ、この地震がもし高知で起こっていたら」という感覚を覚えている。

「ここで本棚に潰されていたのは自分だったかもしれない」という感覚。

 

いや、そりゃ「この地震が高知だったなら本棚に潰されていた」とか完全に不謹慎な発想である。何が本棚やねん、本当に震災にあわれた方の気持ちを考えろっ、という話でもある(もしこれで気を悪くされた方がいたら本当にごめんなさい)。*2

それでも「あ、もしかしたらこの瞬間死んでいたのは私かもしれない」「なのに私じゃなかった」という感覚は、私のどこかにずっとずっと残っている。

だってあの時私は自分より大きな背丈の本棚の前にいたのに。

 

 

ニュースで地震の映像を見ると、ほんとうにつらい。何がどうして誰かの好きな人や街や大事なものをぜんぶ壊されなくちゃいけないのかと思う。どうして、地震とか突如やって来る「そういうもの」は、私たちの大切なものを奪ってゆくのか。

だけど、そんな私の嘆きなんて知らずに、「そういうもの」は手を変え品を変え私たちの前へやってくる。

その本棚に潰されなくとも。地震にたまたま遭わなくとも。
災害だったり事故だったり病気だったり犯罪だったり「そういうもの」は、私たちのもとへやってくる。

「そういうもの」は、できるだけなくしてほしいけど、きっとなくなることはない。

 

さあもうどうすればよいのかっ!

と地球にツッコミを入れたくなるけれど、しかし地球は依然としてすっとぼけた顔でボケ続けたままである。居住まいを正してくれる気はなさそうなのだ。どういうこっちゃねん。

だけど今のところ地球がどうにかする気がないのならば、どうにかこうにか、奇跡的に目の前にいてくれるあってくれる私なりの好きなもの好きな人その他大切なものものを、大切にしてくしかないんですよね……。

ああもう、どうかちまちま地球が耐えて、あるいは人間がなんとか技術を上げて、大きな被害が出るような災害がひとつでも減りますように~~~。もう、たのむよほんと……! 

 

 

それにしても。

あの時ぞわっと感じた「今、ここで死んでたのは私だったかも」という感覚も、「だけど私じゃなかったんだなぁ」という心情も、色んなことに対して「こわいこわいこわい」と思う臆病さも、なぜかいまだに大きい本棚の前にいることも、7年たっても変わることはないけれど。

それでも私は、まだここにいるんだよなぁ。

なんだか不思議で怖くてよく分からなくて、でも、当たり前じゃないのだ、と、笑ってしまう。

 

当たり前じゃないよね。明日もがんばっていきましょーね。

 

 

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

 

 ちなみに村上春樹の小説は高校生の時読んだけど「『ノルウェイの森』しか好きじゃない」というのが本音であった。私が彼の作品をちゃんと読むようになるのは、もっとずっと後の話である。

*1:あとからニュースで知ったことだが、入試問題を質問しちゃった人は完全に志望校・学部が私とお揃いだった(※京大文学部、早稲田文学部、同志社文学部)。「これ私の年だったら私が疑われていたのでは……」と思ったことをやけにはっきりと覚えている。

*2:更に言うと、私の母校はもちろん図書室の本棚に防災設計くらい施していたと思われるので、地震が起こったからといって本棚に潰されていた可能性は低いと思われます……たとえば、という話ですね。高校生の小娘の発想です。しかし大げさかもしれませんが、皆さんどうか高い棚や身動きのとりづらい場所にいる時は気をつけて!

なぜ京大生は無駄話が得意なのか?

いつだったか、森見登美彦さん原作の映画『夜は短し歩けよ乙女』を見た感想として、「すべてが無駄で埋め尽くされており、こんなにも大学生活は無駄なものでいいのかと思った」というものを見かけた。

ちょっとどなたのTwitterだったのか失念してしまったので(もしこれ読んでる方で呟いた方がいらしたら教えてください)、正確な言葉は覚えていない。しかしまぁとにかく「すべてが無駄」という極めてまっとうな感想は、私の心に残った。

まぁ、『夜は短し歩けよ乙女』の世界には就活もインターンも学費のためのバイトも結婚を見据えた恋愛も(たぶん)存在しておらず、まったくもってその内実は無駄としか言いようがない。たしかに。

 

しかし私は思う、京大生って、無駄、もっというと「無駄話」が得意なんだよねぇ……。

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京大に来る前はファンタジー小説だと思っていたのだが、京大に来て知った、あの小説でファンタジーなのは黒髪の乙女の存在だけだ。


たまにネットの海にぷかぷかと浮かぶ京大出身のブロガーさんの文章*1を発見する。読むと、みんな口から生まれて来たのかというくらい無駄な文章が得意だなァと思う。いや褒めてるんですよ。というか「無駄」な話を読ませるのが上手い。技術がすごい。

この「京大出身文筆家は無駄話を書くのがうまい」現象、なんなんだろうと思ったのだけど、まぁひとつは京都大学(「よっ!」という歌舞伎的合いの手を入れてほしい。嘘です。)の教育のたまものではないか、と思う。*2

 

文系の場合、学部三回生くらいからゼミ形式の授業に出る。ゼミは基本的に「自分の発表」(要はレジュメつくってプレゼン、みたいなやつ)を中心にまわる。しかしこの発表だけならたぶんほかの場所でも沢山やっていることだろう。っつーかたぶんほかの場所のが多い。そして私が経験した限り、まともな発表なんてほぼできた試しがない。大抵の学生は、「とほほ」というちびまる子ちゃん的溜息を浮かべて終わる。

そう、重要なのはそこじゃないのだ。

ゼミでは、いつも「他人の発表に対して、なんでもいいから質問」という時間が課せられる。これが学部の時からずっと続く。

大抵、学生がする質問なんてたいした質問がでてこない。「素朴な疑問」とかそういうのが多い。

しかしゼミの先生は、それを「いい質問だね」と言って引き取る。

そして、「きみのその質問と同じような話を、この先行研究がおこなわれていて、その先行研究の文脈の中で、この立場を取ったってことになるんだよ」という風に説明する。そこで私たちは気づく。「いま自分がもった疑問は、既に誰かが研究していて、その文脈の中にあるのか……」と。

そしてこの文脈というもののつなぎ方を、先生から、学ぶ。そうか、己の疑問というのは大抵どこかの人が発した疑問に基づいていて、オリジナルというものはほとんどありえず、誰かがどっかで言ってることなんだな。ならそれを読まなきゃならんな。

そういうふうに、私たちは、文脈というものの存在に気づく。

 

無駄話というのは、基本的に「文脈の集合体」である。それは連想ゲームなのだ。「あれ」があるなら、「これ」もあるでしょ。そんなふうに無駄は積み重なる。ひとつシンプルなことを提示する、というのではなくて、そのシンプルなはずのものに、「こういう文脈でも捉えられるよ」「こういう話もあるよ」と、つなげてゆくのが無駄話というものだ。

大抵京大にいたら、サークルにひとりやふたり「無駄話のうまい先輩」というのがいて、その先輩から私たちは無駄話のつなげ方を、学んでいるとも知らずに学ぶ。そしてその先輩というのも、どこかのゼミの教授や、先輩や、そういう人がオリジンとなっている。

無駄話は伝播する。受け継がれてゆく。いつしか大学に蔦が這うようにしてはびこる。

こうして私たちは、無駄話を学ぶ。

 

ほかの大学にも存在しているものなのかもしれない。でも無駄話というのは基本的に「無駄な時間」からしか生まれない。当然だ。そして文脈というものも、文脈を理解するのにかかる労力やらコストやら時間やらを待てないと、つかめない。

その無駄な時間をゆるしてくれるのが、京都なのかもしれない。と、私は、思う。

*1:phaさんとか熊谷真士さんとか上田啓太さんとかうまいですよねえ。

*2:私がどうかは置いておいてほしい……。